原発、爆発。そのとき、老人ホームは? 自分の家族と要介護者――。守るべき命の狭間で

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8月、福島第一原発の貯水タンクから大量の汚染水が漏れていることが報じられた。その量、実に300トン。福島第一原発事故がまだ終わっていないことを、日本中に、そして世界に印象づける出来事だった。
福島第一原発事故では、様々な悲劇が起こった。原発間近の高齢者施設の避難もその1つだ。自力では歩行もできず、普通の食事もできない寝たきりの利用者を抱えた高齢者施設の避難は過酷を極めた。
介護士・看護士たちは、自らの家族の安否もわからない中、放射線の恐怖におびえながら、それでも利用者に寄り添い続けた。この経験と彼らの葛藤・奮闘は、ほとんど報じられていない。
そこで本稿では、原発事故当時の介護士・看護士の葛藤と奮闘を克明に描いたノンフィクション『避難弱者――あの日、福島原発間近の老人ホームで何が起きたのか?』の著者、相川祐里奈が、原発事故直後の高齢者施設の避難の実態をレポートする。原発再稼働に向けた動きが加速する中で、原発事故が何をもたらすのか、振り返って考えるきっかけになれば幸いである。次の災害で「避難弱者」になるのは、あなたの家族かもしれないのだ。

原発爆発――。そして突然の避難

福島第一原発から約7kmに位置する富岡町の養護老人ホーム「東風荘(とうふうそう)」。施設を囲う桜のつぼみが少しずつ丸みを帯び始めていたころだった。
「志賀さん、終わりだ。原発が爆発した――」

ドッカーンという大きな音とともに地響きが施設を襲った。窓ガラスが音をたてて揺れている。職員がバタバタと音をたてながら施設長の志賀昭彦(当時59歳)にかけよってきた。外にいたその男性職員は、原発の方向から爆発音がしたことに気付いたのだ。

爆発から10分もしないうちに電話が鳴った。志賀施設長が受話器をとると、相手は福島県災害対策本部の職員だった。

「緊急に避難してください! これは避難要請ではなく、避難命令だ! 総理大臣命令だ!」

県職員はそれだけを口早に伝えると、一方的に電話を切った。志賀施設長は呆然とした。原発の状況はそんなにも深刻なのだろうか。利用者をどこにどう避難させればいいのか。

途方に暮れていると、施設の前に巨大な観光バス3台が次々と到着した。バスからは白い防護服とガスマスクを着用した警察官が次々と降り、土足のまま施設に飛び込んできた。

「とにかく早くバスに乗れ!」

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