「経済は成長しなければならない」は正しいか 「ル・モンド紙」論説委員が語る21世紀の危機

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現在、われわれは同じ性質の危機に瀕している。経済成長が途絶えるとき、進歩という理想は失われるだろう。われわれの祖先は、神という望徳が失われるのなら、人生に生きる価値はあるのだろうかと自問したではないか。そして今日の問いは、物質的に豊かになる保証がないのなら、われわれの人生は陰鬱で無味乾燥なものになるのではないか、ということである。

「1日3時間だけ働く」時代はやってくるのか

イギリスの偉大な経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、1930年代初頭に当時の悲観論に疑問を呈した。彼の希望に満ちたメッセージは現在も新鮮な響きをもつ。危機の予兆が感じられていたにもかかわらず、ケインズは判断を誤ってはならないと諭した。

ケインズは、1世紀前に食糧問題が解決されたように「経済問題」もまもなく解決されると請け合ったのである。大胆にもケインズは、産業が発達するペースから考えて、2030年には人々は1日3時間働くだけで暮らせるようになり、残りの時間は、芸術、文化、形而上学的な考察など、本当に重要なことに時間を費やすようになると断言したのである。

だが残念ながら、文化や形而上学的な問題は、われわれの時代の主要な問いにはならなかった。現代社会は、ケインズがその見通しを立てたときより10倍も豊かになったのに、われわれは物質的な繁栄をこれまで以上に追求している。

偉大な経済学者ケインズは将来の経済的な繁栄を見事に予想したが、われわれの行動を完全に読み誤った。ケインズ以降の多くの識者たちと同様に、ケインズは人間の欲望の驚くべき順応性を過小評価したのである。人間の欲望はすべての富さえ消費しようとする。ルネ・ジラールはこう記している。

「人間は、基本的生活にかかわる欲求を満たすと、あるいはそれ以前の段階であっても、激しい欲望をもつようになる。だが、何が欲しいのかは自分でもわからない。なぜなら、人間は欲しがる存在だからだ。人間は、自分にはないと感じる、自分以外の誰かがもっているはずのものを欲しがる存在なのだ……」

経済成長は目的をもたらす手段ではなく、むしろ生活の苦悩から人間を救い出す役割を期待される宗教のような働きをするのだ。

数億人の人々が経済成長という神を崇め、地球上の生命が危険にさらされるようになった現在、われわれは物事を深く考察しなければならない。ケインズの見通しを再提起するのは可能だが、それは逆方向からの論考においてだ。

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