賃金上昇が加速するフェーズはもう終わった 「生産性・賃金循環図」から現状と課題を探る

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日本の「生産性・賃金循環図」を作ってみると、2013年6月から直近にかけて1つのサイクルを作ってきたことがわかる。

消費税率引き上げ前の駆け込み需要などが企業業績にはプラスとなり、2014年3月に経常利益の伸び率がピークとなったが、その際にはまだ人件費の伸び率は低いままだった。その後、人件費の伸び率は徐々に高くなりながら循環図上を進んでいった。足元では経常利益が再び伸び率を高めているものの、人件費は伸び悩みやすいというフェーズにある。

つまり、循環図上では人件費の伸び率が最も加速するフェーズはすでに過ぎた可能性が高い。循環図の傾向からは、2016年にかけての小幅な人件費の伸び率が最大であったことが示される。今後は人件費の伸び率が加速するよりは鈍化していくことを懸念すべきだろう。

問題は「生産性・賃金循環図」の「下方シフト」

日本の「生産性・賃金循環図」は過去の景気循環に合わせていくつものサイクルを作ってきたが、賃金の伸び率が高かったバブル期などと比較すれば循環図は下方シフトした状態にある(人件費の伸び率が低下した状態)。グローバルな競争などによって構造的に人件費を抑制するような圧力が強まっていることなどが要因だろう。2000年代前半の局面と比べれば上方にシフトしているものの、一段と高い賃金の伸び率を期待できる状況にはない。

また、循環図上の動きにも変化がある。過去に大幅に賃金が上昇していた時代と比べると、循環図上の動きが上下に潰れている。1980年代後半のサイクルでは、楕円形の縦横比は人件費の変動幅が4.0%ポイントに対して、収益の変動幅は約6.6倍の26.2%ポイントだったが、2013年6月以降では1.6%ポイントに対して約9.7倍の15.5%ポイントと、楕円が大きく潰れている。これは、逆に、経常利益の変化に対して人件費の伸び率が動かなくなってきたことを示している。

いずれにせよ、「生産性・賃金循環図」からは日本の賃金が急に伸びるような兆候は見られない。

末廣 徹 大和証券 チーフエコノミスト

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すえひろ とおる / Toru Suehiro

2009年にみずほ証券に入社し、債券ストラテジストや債券ディーラー、エコノミスト業務に従事。2020年12月に大和証券に移籍、エクイティ調査部所属。マクロ経済指標の計量分析や市場分析、将来予測に関する定量分析に強み。債券と株式の両方で分析経験。民間エコノミスト約40名が参画する経済予測「ESPフォーキャスト調査」で2019年度、2021年度の優秀フォーキャスターに選出。

2007年立教大学理学部卒業。2009年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修了(理学修士)。2014年一橋大学大学院国際企業戦略研究科金融戦略・経営財務コース修了(MBA)。2023年法政大学大学院経済学研究科経済学専攻博士後期課程修了(経済学博士)。

 

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