貸切も高速も「プレミアムバス」が増えるワケ

規制緩和に揺れたバス会社たちの生き残り策

貸切バスだけではない。2017年1月から東京(池袋)―大阪(なんば/門真)間で両備バスと関東バスが共同運行を始めた「DREAM SLEEPER(ドリームスリーパー)」。これまでもパーテーションで仕切られた個室感覚のバスはあったが、今回登場した車両はパーテーションに扉が付いた完全な個室タイプだ。

JRバス関東と西日本JRバスが運行する「ドリーム ルリエ」(写真:バスラマインターナショナル)

乗客定員は11人と、夜行バスとしてはこれまでで最も少なく、それだけ乗客の占有空間は広い。温水洗浄式のトイレや座って化粧直しができるパウダールームもある。料金は片道1人2万円。東海道新幹線のグリーン車より高いが、夜間移動により宿泊費を抑えられるのがアピールポイントだ。

WILLER EXPRESSも後席の客を気にせずにリクライニングできるシェル型シートを全席に採用した新型車「ReBorn(リボーン)」を発表した。こちらは乗客定員18人、東京―大阪間のピーク時の価格は1万5000円で、同時期の独立性が高いシートより3000円以上高い。

さらに3月には東京―大阪間の夜行バスでは元祖のJRバス関東、西日本JRバスも、1台の前方4席だけをパーテーションで囲った“プレシャスクラス”を備える看板車両「DREAM Relier(ドリーム ルリエ)」を投入した。プレシャスクラスのピーク時の価格は1万8000円で、同じ車両の後方座席より5500円高い。

バスの本質は「人を経済的に運ぶ自動車」であること。経済的という言葉を“廉価“と考える人々にとって、こうした高額ツアーに特化したバスが続々と登場することは異様な動きに見えるかもしれない。

プレミアム志向バス誕生の背景

クラブツーリズムも最上級バスの刷新を相次いで進めている(写真:編集部撮影)

こうした高級志向化は、見方によっては1970年代末に花開いたサロンバスブームの再来ともいえる。

物見遊山を禁止した戦争が終わり、日々の衣食住が確保されるようになった1950年ごろ、バス旅行は庶民の手軽なレジャーとして人気を集めた。高速道路などない時代だったが、旅は庶民の一大イベントで、多くの企業も1泊2日の慰安旅行を企画、温泉地はにぎわった。

都会の若者には夜行バスで行くスキーが人気のレジャーになった。1957年に高速道路整備が政策化され、1963年には名神高速道路の一部が開通、1969年には東名高速道路が全通した。1970年に大阪で開催された万国博覧会は空前の旅行ブームを創出した。夜行高速路線バスが走り出したのもこの時期だ。

その後、高速道路の伸長とともにバス旅行は長距離化。乗車時間が長くなったことで快適性を求められるようになり、各社はカラオケを設置したものや定員を抑え車内を豪華にしたサロンバスなど競って採用した。

こうした車両は学校の遠足には使えないが、需要があり稼働が見込めたから導入された。1979年には2階建てバスが輸入され、国産バスのグレードアップに大きな刺激を与えた。

高級織物のソファの上にシャンデリアが輝く2階建てサロンバスは「車両価格1億円」ともPRされた。当時の2階建てバスは高価だが採算性に優れた車両と位置づけられた。

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