料理番組の歴史は、料理文化史そのものだ 長い「グルメブーム」は何をもたらしたか

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1980年代以降、「きょうの料理」は、さまざまな台所の担い手を想定している。夏休みに料理する子ども、一人暮らしの男女、定年退職した男性。ライフスタイルの多様化に合わせ、主婦以外の人々も対象に入れ始めたのである。

平成に入ると、共働きが多数派になり、シングルの男女も増えた。

男性も趣味ではなく自ら生きるために台所に入る必要が生じて、ケンタロウ、コウケンテツといった等身大のイメージで人気の二世料理研究家の男性たちが登場する。

これからの時代に求められる料理番組とは

現代の台所は担い手の多様化が前提である。「今日の夕食は何にしよう」と悩む主婦、「たまには自分で作らなくては」と自省する一人暮らしの男女、「料理してみたい」と考える初心者たち。幅広い背景を持つ視聴者を対象にした番組は、「きょうの料理」などごく一部だ。逆に、「きょうの料理」が伝統を背負い、中庸で実用的な役割を担っているから、他の番組は自由にやり方を決めることができる、と考えることもできる。

面白い番組は、狙いと目的が明確である。伝説化した「料理の鉄人」は、料理を娯楽として気楽に見る若者たちが夢中になった。ターゲットを絞り込んで新しい挑戦を行った番組は、その明確さゆえに対象外の人々にも広がり人気となり得るのである。

その視聴者は、初心者なのか、玄人はだしの腕を磨きたいベテランなのか、仲間と楽しみたい若者なのか。持病を抱えた中高年か。料理して食べることは生きていくために不可欠の行為だが、同時に自分らしく生きる楽しみの一つでもある。必要と趣味、そのどちらを満たすための番組なのか。情報が大量にある今だからこそ、基本だけ、あるいはエンタメに徹した番組があってもいい。面白くなるのは、これからだと期待している。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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