もう一人の「ママでも金」

ドクター/平石貴久

 土田和歌子さんに出会ったのはシドニーパラリンピック直後のこと。彼女は17歳のとき、友人とのドライブ中に事故に遭い、車いす生活に。19歳で受けたアイススレッジ(スケート刃付ソリ)の講習会をきっかけに、日本で最初にアイススレッジスピードスケートを始め、長野パラリンピックの1500メートルでは自身の世界新記録を更新して金メダル、1000メートルでも金メダル、100メートル、500メートルでは銀メダルを獲得。スポーツを愛する彼女は陸上競技にも挑戦し、シドニーパラリンピックの車いすマラソンでは銅メダルを手にしました。

肉体改造のために当院を訪れた彼女の印象は、とにかく笑顔笑顔。鍛え上げられた両腕は太くたくましい。その反面、10年もの車いす生活のために足は細くなえて筋肉はほとんどなくなっていました。血液検査をしてみると、疲労回復能力の値はアスリートとして超一流。筋肉疲労を示すCPKも乳酸の蓄積を示すLDHもレース翌日には減少し始め、数値が小さいほど集中力が高く本番に強いとされているMCVの値は87と小さく、それはゴルフの片山晋呉君や丸山茂樹君並み。

車いすマラソンの平均速度は30キロメートル/時超、最高スピードは70キロメートルをも超えます。重心の低い競技用いすに座りながら70キロメートル以上のスピードでカーブを廻るときの恐怖感、誰もがブレーキをかけるでしょう。しかし、いったんスピードが落ちると、うまくギアチェンジができません。それらを巧みにこなす彼女の技術と根性は、まさに天才。カーブで相手選手の車体とぶつかり合う500メートル競技は格闘技で、擦過傷や打撲傷は日常茶飯事です。

私が、オリンピックが近づくにつれ、いつも感じることは、日本のスポーツ選手を取り巻く環境はあまりにも世界から遅れていること。国立トレーニングセンターが完成したのは数年前、なにより経済的援助が少なすぎます。ゴルフや野球など、恵まれた選手も一部いますが、世界レベルの選手であっても、生活に苦しむ選手は多い。生活力がなければ、練習に集中できないし、検査も治療も十分にできません。さらに、現役を引退したらまったく生活の保障がない。日本もスポーツ省をつくり、選手の開発と育成が必要だと思う。

アテネパラリンピックで土田さんは、フルマラソンは僅差で銀メダルでしたが、5000メートルでは金メダル。日本人初の冬夏両大会での金メダリストになりました。実は彼女も働きながらの競技生活で、練習も海外遠征も競技用車いす製作も自費。彼女を応援する方々の援助は大切な支援です。

そんな彼女もよき理解者であるコーチと結婚し、一昨年には元気な男の子が誕生。北京パラリンピックでは車いすマラソンで「ママでも金」を目指します。そのたゆまぬ努力を見ていると、私たちの日頃の苦労なんて足元にも及ばない。彼女を応援し続け、いつしか再生医療などで彼女が自分の足で立ち上がり歩けることを夢見ています。

ドクター/平石貴久(ひらいし・たかひさ)
1950年鹿児島県生まれ。平石クリニック院長。丸山茂樹、片山晋呉などのプロゴルファーをはじめ、野球、Jリーグなどのトップアスリートやプロチーム、企業や大学のスポーツクラブの健康管理や技術指導を行う。アーティストのコンサートドクターとしても活躍。
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