日本人は欧州産チーズを真に楽しめていない EPA合意で関税撤廃の一方、複雑な問題も

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アメリカ側としては、「パルメザン」はEUが主張するパルミジャーノ・レッジャーノとは異なり、あくまで「アメリカ産のパルメザンチーズ」であり、正式な名称として使用しているというスタンスだ。そして、日本で広く出回っている、パスタなどに手軽にかけて楽しむ人気の粉チーズも、実はイタリア産ではなく、アメリカ産の「パルメザン」だ。日本では、パルミジャーノ・レッジャーノに類似したチーズが「パルメザン」と総称して呼ばれることも少なくない。

パルメザンとパルミジャーノ・レッジャーノ

パルメザンチーズをその場でパスタの上にすり下ろすサービスを提供している都内のイタリア料理店を訪れると、実は使用しているのは、パルミジャーノ・レッジャーノではなく、ワンランク価格の安いグラナパダーノだと明かす。しかし、日本の消費者になじみがあるため、「パルミジャーノ」の呼称をメニューにはあえて使っているという。客へのわかりやすさを追求し、その名称を使っているのが現状だというが、今後EPA大枠合意後の動向によっては、見直さざるをえないと、店長は悩み顔だ。

「メニューに載せている名前を変えなければならないかもしれない。ただ、消費者がチーズを始め、イタリア食材や料理への理解を深めるきっかけになるのであれば、むしろ業界に携わっているわれわれにとっては、うれしい進歩でもあるのかもしれない。なるべくポジティブにとらえて、動向を見守っていきたい」

この変化を好機ととらえるべく、前向きに切り換えていくことが重要かもしれないと話す。

パルミジャーノ・レッジャーノの名称保護をどうするかについて、農水省担当者は「生産地や伝統的な製法などのクオリティを大切にし、本物を守るというのが、地理的表示保護制度の趣旨。パルメザンとパルミジャーノ・レッジャーノという呼称をそれぞれ、日本の消費者が現在どのようにとらえているのか、まずは意見を広く集めて検討していきたい」と、慎重な姿勢だ。

先に交渉されたTPPにおいては、日本はチェダーやゴーダなどのハード系チーズに対しての関税撤廃を受け入れた反面、ソフト系チーズの聖域は守られてきた。国内で、良質なソフト系チーズを生産する職人も徐々に出てきており、酪農家への配慮ともなっていたが、今回はその聖域に一歩踏み込んだ形となった。

ヨーロッパからはこの合意を皮切りに、舌の肥えてきた日本というフィールドを虎視眈々と見つめる視線が一層強まりそうだ。

海野 麻実 記者、映像ディレクター

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うんの あさみ / Asami Unno

東京都出身。2003年慶應義塾大学卒、国際ジャーナリズム専攻。”ニュースの国際流通の規定要因分析”等を手掛ける。卒業後、民放テレビ局入社。報道局社会部記者を経たのち、報道情報番組などでディレクターを務める。福島第一原発作業員を長期取材した、FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『1F作業員~福島第一原発を追った900日』を制作。退社後は、東洋経済オンラインやYahoo!Japan、Forbesなどの他、NHK Worldなど複数の媒体で、執筆、動画制作を行う。取材テーマは、主に国際情勢を中心に、難民・移民政策、テロ対策、民族・宗教問題、エネルギー関連など。現在は東南アジアを拠点に海外でルポ取材を続け、撮影、編集まで手掛ける。取材や旅行で訪れた国はヨーロッパ、中東、アフリカ、南米など約40カ国。

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