「安部公房とわたし」の真実 女優・山口果林に聞く大作家の実像

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払えるほうが払えばいい

――おカネに関してはお互いきっちりしていた。自立した関係だったそうですね。

実家から出て最初にアパートを借りたときに敷金と礼金だけは払ってくださったけれど、家賃はきちんと自分で支払っていました。私もすでにNHKのテレビ小説で収入を得ていましたので。

自分の流儀なんですね。一緒に外出するときの費用は自分が支払いました。そのへんに関して、安部公房さんも何も感じないんです。払えるほうが払えばいいんだからって。お互いに自立していたかった。

――おつきあいを始めた当初は、「女優として、作家から何か吸収するものがあるだろう」という気持ちだったそうですね。

これほど長い関係になるとは、最初は思っていませんでした。

山口果林という名前と、自分の演劇の技量との間に差があると感じて、早く名前に追いつけるような技術を身につけたいと思っていました。

安部さんの著作に『時の崖』というボクサーを題材にした小説がありますが、その中に「チャンピオンになってしまうと、その向こうは崖。上り詰めた後に防衛戦をしつづけなければあっという間に下り坂になる」とあるんですね。私の理想としては、低めの山で構わないから70歳くらいまで現役を続けていたいというイメージだった。

――果林という名前もそういう意味で選ばれたそうですね。安部さんの挙げた候補の中には別の名前もあったが、易者に「役者としての寿命は短い」と言われた。一方で、果林は、汲む努力を惜しまなければ、水は淀みなくたたえられている井戸の水だと……。

「字画は一画足りないから、サインするときは点を打ちなさい」とも言われました。でも私、へそ曲がりだから、林の横線をつなげて書くことで一画減らしています(笑)。そのぶん、どういう人生になるかわからないけれど。

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