「歴史的屈辱」にまみれた中印国境紛争が再燃 都合のいい歴史的解釈はリスキーだ

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だが、中国は自らに対する屈辱は敏感に感じ取るくせに、いかに自らの行いが他国に同様の感情を引き起こしてきたかについては鈍感だ。1962年の国境紛争で敗北させたことで、旧植民地国のリーダーたらんとしていたインドの野心を徹底的に踏みにじったのだ。

中国に辱められた国はインドにとどまらない。ベトナムには、中国の「屈辱の100年」に相当する「中国支配の1000年」という言葉がある。

アジアの隣国同士で屈辱を与え合っている

一方で自ら屈辱を受けながら、他国にも屈辱を加えた国は中国だけではない。インドは1962年に中国から辱めを受けたが、9年後の第3次印パ戦争によって隣国パキスタンに同様の感情を植え付けた。

1947年の独立以降、パキスタンは南アジアでインドと覇権争いを繰り広げており、米国や中国にすり寄ることで存在感を高めようとしていた。同国の野望は、1971年の第3次印パ戦争に敗北して崩れ、これが東パキスタン(現バングラデシュ)の独立につながった。

これまで述べてきた屈辱の事例に共通するのは、遠くの超大国ではなく、アジアの隣国によって与えられたという点だ。これが痛みをとりわけ大きくしている。

アジア全域でナショナリズムが台頭する今、各国指導者が欲しくてたまらないもの、それは自らの政治目標を達成するのに都合のいい歴史解釈だ。この技を極めた達人は中国だが、同様のテクニックはインドも含め各国で見られる。

だが、ドクラム高地の対立を見ればわかるように、この戦略は極めてリスキーだ。第1次世界大戦が終結した後、欧州は屈辱の遺産を処理するのに失敗し、第2次世界大戦の惨禍を招いた。一方で第2次大戦後の欧州は、未曾有のレベルで域内協力を行う枠組みを整え、問題に立ち向かった。

アジアでも同様の試みがなされるのを願うばかりだ。歴史的屈辱をめぐって煮えたぎる怒りに手がつけられなくなる前に。

デベシュ・カプア 米ペンシルベニア大教授

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Devesh Kapur

政治学者。2006年からペンシルベニア大学インド研究所所長。米プリンストン大学で博士号。

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