バス会社を次々買収、「みちのり」とは何者か 買収戦略から将来構想まで経営トップが激白

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みちのりHDは非上場企業であり、売上高や利益等の財務データを公表していない。ただ、工代氏によれば、2013年9月時点の福島交通、茨城交通、岩手県北自動車、関東自動車、計4社の売上高を100とした場合、2016年9月期の売上高は105だという。苦戦続きの地方のバス業界にあって、この数字は健闘しているといえる。

利益については「公表できないが、損益分岐点比率が高いので、売り上げの伸び以上に利益は伸びている」(工代氏)。バスの調達においてスケールメリットが効きやすくなったこともコスト削減に貢献している。

では、みちのりHDは今後どのような方向を目指すのだろうか。疑問はいくつかある。

最初の疑問はビジネスモデルだ。世間には安値で買収した破綻企業を再生し高値で売却する企業再生ファンドというビジネスモデルがある。みちのりHDは買収した企業が再建に成功したら売却するのだろうか。この点について松本社長は「当社はファンドではない、永続的な事業として存続させる」と言い切る。

次の疑問は、今後の業容拡大戦略だ。現在のみちのりHDは青森、岩手、福島、栃木、茨城など東北と北関東を強い営業基盤を持つ。今後は東北エリアの空白地帯を埋めていくのか、それとも上信越、あるいは首都圏に勢力を広げていくのか。

「バスは地域の魂のような存在」

経営戦略について語るみちのりホールディングスの松本順社長(撮影:尾形文繁)

この考えも松本社長は一蹴した。「地域のバス会社は地域の魂のような存在。われわれのほうから声をかけることはいっさいしない。案件が出てくるのを待つのが基本戦略」だという。つまり、自分から狙いを定めて業容拡大に動くことはないということだ。

3番目の疑問は、傘下企業を統合するのかどうか。この考えも松本社長は言下に否定した。「各バス会社の名前は地域に浸透しており、それを変えることは得策ではない」という。

ただ「各社が抱える長距離の高速バス路線は、ひとつにまとめて大きなネットワークにしたほうがよいかもしれない」と松本社長は考えている。ひょっとしたら将来、高速バス事業は「みちのりHD」ブランドで一本化される可能性もありうるだろう。

松本社長の視線の先にあるのは、近い将来に実現する自動車の無人運転時代におけるバス業界のあり方だ。もしバスやタクシーのドライバーが不要なら、自動車メーカーがオペレーターとしてクルマを動かすことだってあるかもしれない。しかし、そんな時代でも「われわれはオペレーターでありたい」と松本社長は言う。

バスの役目とは、単に人を目的地に運ぶことではない。「安全に運ぶ」ことが大前提なのだ。「ドライバーが不要になったとしても安全管理者は必要でしょう」。乗り降りのサポート、地域の見守り、将来の路線バス業界に求められる役割は今とはまったく違っているだろう。

言われてみれば当たり前だが、誰もやっていないことをやる。このスタンスで臨めば、無人運転という大変革時代もきっと乗り越えていくに違いない。

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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