新幹線が深めた「弘前と函館」の歴史的な縁 弘前大の学生は4人に1人が北海道出身

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弘前市を代表する洋館の一つ・旧弘前市立図書館=2017年6月(筆者撮影)

弘前市にとって、最も大きなつながりの一つは「建築」だ。市内には随所に、和洋の様式を融合させた明治~大正期の「洋館」が残っている。その建築技術を確立した棟梁・堀江佐吉は1879(明治12)年、函館へ出向き、各国の領事館や教会など西洋建築物のデザインと設計とを学んだ。彼を中心とする人々が手がけた洋館群は、旧第五十九銀行本店本館(現・青森銀行記念館)、弘前学院外人宣教師館が国の重要文化財に指定されるなど、独特の景観や文化を担う柱となっている。

「調査してみると、実に多くのエピソードを見いだせた。函館をはじめとする道南エリアなしでは語れない重要な歴史的関係がある。特に洋館については、街の謎が一つ解けた思いだった」。新青森開業を契機に誕生した、まちあるきガイド団体「弘前路地裏探偵団」の鹿田智嵩団長は明かす。

加えて、弘前市内の小学校の主な修学旅行先は、函館市を中心とする道南地区だ。一方、北海道からも多くの修学旅行生が弘前市を訪れる。さらに、青森県内唯一の国立大学・弘前大学の学生は、ほぼ4人に1人が北海道出身という。教育面でのつながりは、意外なほど深い。

弘前は「1本入った小路のお店」

「新幹線沿線にない弘前市は、いわば『通過もされない街』だ。黙っていれば観光客は新青森から北海道へ渡ってしまう。しかし、努力さえすれば、すべてプラスの結果につながる。東北新幹線の八戸開業以来、私たちはずっと『お客さまを新幹線駅まで迎えに行かなければ』という危機感があった。函館との距離感も、少しずつ縮めていった」と弘前商工会議所の木下克也地域振興課長は振り返る。

一市民としてさまざまなボランティア活動に携わってきた、弘前市役所の櫻田宏観光振興部長は「新幹線が銀座の大通りだとすれば、弘前はそこから1本入った小路にあるお店のようなもの。街の魅力さえ伝われば、必ず人の流れを取り込めると信じてきた」と力を込める。

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