「病人は安静に」の常識は患者から何を奪うか がん患者ですら適度な運動はしたほうがいい

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運動指導をした患者さんは、検査結果の改善だけでなく、顔色が日ごとによくなり、生き生きとした表情になることに気づかされました。QOL(生の質)を質問紙法(SF-36、いわゆるアンケート調査のこと)によって測定すると、多くの項目で改善がみられました。中でも注目に値するのは「身体的理由による社会的役割の制限」「精神的理由による社会的役割の制限」で大きな改善効果がみられたことです。

このことは、次のように解釈できます。わたしたちが普段何気なく口にしている「病人には安静を」という言葉が、患者さんを縮こまり思考にし、行動に制限をかけさせ、社会的役割を失わせているのです。そして、その結果として、患者さんのQOLを低下させることになっているのです。

本来、人間は体を動かすことによって健康を保っています。そして、他人との関係性の中で活動することが幸福感につながる社会的な生物です。そうであれば、病気になっても安静ばかりを強調するのでなく、どの程度の運動ならしてもいいのかを示すことが大切です。特に、長期間あるいは一生の間病気を抱えていく慢性病の患者さんでは、その意味が大きいのです。

昔と今では、医療の対象となる病気が異なります。一昔前は、急性病、感染症が医療の中で大きな部分を占めていましたが、現在の主要な病気は、慢性病です。急性病では、治癒するまで安静にしていても大きな問題はありませんが、慢性病では、長期間安静にしていると筋肉量が減ります。筋肉量の低下は生活の質を下げ、免疫力の低下などにもつながります。

慢性病の代表であるメタボリック症候群は、内臓肥満、高血圧、脂質異常、糖尿病が重なり、心臓病や脳卒中といった死因につながる病態です。本来、運動不足や栄養過剰摂取などの生活習慣によりもたらされる病気であり、安静よりも運動がよいことに異論はありません。もちろん、心筋梗塞や脳卒中など急性病が重なれば一定期間の安静は求められます。

がんの治療前にも適度な運動が効く

さらに、わが国の死因の第1位で、全体の3分の1を占めるがん(悪性新生物)も、その発症予防や治療後の再発予防に運動することの大切さが認識されています。手術や化学療法などの治療前にも、むしろ運動により体力をつけて準備しておいたほうがよく、治療後の回復期にも適度な運動は回復を促します。さらに、終末期を迎えても動かせる範囲で体を動かすことがQOL(生の質)の維持などに役立ちます。

高齢者の場合も、運動により筋力を保ち筋肉量を維持することが、転倒防止や健康の維持に役立ちます。また、認知症の予防対策としても、運動療法が注目されています。

加えて、近年職場などで増加しているうつ病でも、運動している人ではうつ病の発症リスクが低く、軽症から中等症までのうつ病で有酸素運動が有効であることが報告されています。

このように眺めてみると、現代社会では多くの病態で「病気になれば安静にすればよいのではなく、適度な運動を励行すること」が勧められることが理解できます。

一方で、過度な運動がよくないことも確かです。特に心臓の病気(不安定狭心症や不整脈、不安定な血圧、重い心不全など)や整形外科の重症の病気、急性病などでは、その専門医である主治医と十分に話し合って運動の量や質を決めていかなければなりません。ただ、それ以外の多くの病気、特に慢性病では、むしろ、ある程度の運動(有酸素運動)がむしろ好ましいのです。

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