EU離脱というポピュリズムの潮目は変わった 右にも左にも行かない、欧州エリートの正体

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共和国前進!の躍進も、おおかたこんなところから、生まれた結果かもしれない。

人民階級への同情心をもつが、常に他者と考えている、いわばエリート的集団の存在であり、一方で鬱憤を晴らせないでもんもんとしているが、右にも左にも近づけず、新しい政党へ乗り換えた集団の存在だ。二つの集団に共通するものは、人権と民主主義の信念をもちつつも、”アングロサクソン的能力主義”に憧れ、「栄光の30年」という経済的繁栄が、もういちど再来することを期待する気持ちである。彼らは、人間は本来、利己心の動物であると信じ、自由競争を信じて疑わない人々である。

また、ネオリベラリズムを信奉しているわけでもないが、かといって否定しているわけでもない。だから、フランスの失敗の原因は、極端な平等主義にあり、本来の自由競争と能力主義に戻れば、問題は解決すると考えるのである。

自由に移動できるのになぜ失業率が違う

その意味で、彼らエリートにとって自由市場である EU は、それぞれの国民の能力向上の場でもある。悪平等主義に慣れきった国民を、グローバルな市場に投げ込むことで、能力が磨かれ、生産力が上がり、その結果として生産力が増大し、国力は再び増てし、貧困や失業問題は解決されるだろう、と考えるのである。

しかし、ここで考えておくべきは、グローバル化の中での国家経済の変容は、国内の意思を必ずしも反映していない、ということである。むしろそれは、外圧による外的発展にすぎない。国内での民主的手続きをとらず、いわばなし崩し的に改革を遂行するには、外圧という
「天の声」を叫ぶのが、都合がいい。

EU 内では、人の移動は自由である。EU 内の外国であれば、労働ビザなしで労働することも可能だ。しかしそうであれば、なぜ EU 内の国家間で失業率がかくも違うのか。本来理論的には、人々が自由に移動することで、仕事のない地域の失業者は仕事のある地域に移動し、失業率は減少、一方で仕事のある地域でも、ある一定水準を超えると失業率が高まり、結果的に平均化していくはずである。ところが現実はその逆である。たとえば若く、能力があり、英語ができ、高学歴の人々は簡単に移動し、仕事を得ることができるが、年を取り、英語ができず、能力もなく、学歴も低い人間には、それは不可能だということ。自由な市場とはそんなものだ。

失業し、他国へ移動することもできず、それぞれの国家の失業保険や年金にしがみついている貧しき人々にとって、シェンゲン協定などあまり意味がない。国家間の移動など貧しき者には夢だからだ。EU の発展は皮肉にも、こうした人々を無視してきた。まさにここに 、EU 残留か EU 離脱か、問題の核心があったのだ。

豊かな人々やエリートにとって簡単な問題も、貧しい非エリートにとっては簡単な問題とはいえない。だからこそ極左や極右への支持が増大したのである。ポピュリズムという言葉は、かつてのロシアのナロードニキに見られたように、人民の誇らかな運動であったことを忘れてはならない。ポピュリズムが極右の思想であるかのように、軽蔑されるようになったのは、最近になってからのことにすぎない。左派ですら、ポピュリズムを軽蔑をもって語るようになったのは、おそらくフロベールと同じ気持ちからかもしれない。エリート左派は、民衆の苦悩に対して同情はすれども、同一化はできなかったのだ。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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