故人との別れを受け入れるために必要なこと 「死化粧」を究める元看護士の漫画作家が語る

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――「なんとなく」、看護師を目指してしまった。

小林氏:「これなら東京にも住めるし、職にも困らなさそうだしいいなぁ」といった、進路選択の理由でした。今だったら、人の命に接する最前線にいる看護師の世界に「なんとなく」で進んでしまうなんて、自分でも「大丈夫なの?」と心配になりますが、当時の私は、本当に行き当たりばったりの性格で……。

案の定、入学してすぐに、看護の世界が生半可な気持ちではやっていけないこと、命に真剣に向き合わなければ務まらないということが分かり、看護師として病院で働くことに不安を感じるようになりました。

新米看護学生と、ある患者との一生に残る五日間

小林氏:「大変なところに来てしまった!」。おそらく誰よりも場違いで、疎外感を感じていた看護学生1年目。あがいても時は過ぎていき、いよいよ実習のため、私は内科病棟に配属されたのですが、そこでその後進む道に大きく影響を与えたのが、ある患者さんとの出会いでした。

私が担当させていただくことになったのは、Uさんという中年の男性患者さん。重度のパーキンソン病を患っており、歩行はおろかしゃべることもスムーズではないほど、病状が進行していました。お顔の表情もこわばっていて、コミュニケーションが難しい状態だったのですが、無知だった私は「新人が担当について怒っているんだわ、きっと」くらいにしか考えていませんでした。

なんとなく「とっつきにくさ」を感じながら始まった実習初日、私は患者さんの前でとんでもないことをしでかしてしまいました。臀部(でんぶ)の床ずれが進行して皮膚や皮下組織が失われ、骨まで見えていたのです。それを目撃した瞬間、「ふらふらっと」意識が遠のいてしまって……。

――新米の看護学生には、かなりハードな気が……。

小林氏:患者さんの目の前で気絶してしまいました。しばらくしてようやく意識が戻ったとき、私はリネン室の天井を仰ぎ見ながら、簡易ベッドに横わっていました。駆けつけた教務担当からは、「自分の傷を見られて卒倒された患者さんの気持ちはいかばかりか」と、こっぴどく叱られてしまいました。

Uさんに謝らなければと、再度病室を訪れましたのですが、その時も「不機嫌そうな患者さんだったから、余計叱られるだろうな」と恐る恐る訪ねたのですが、私の予想とはまったく正反対で、謝る私を目の前に、Uさんは必死に何かを私に伝えようとしていました。

どうやら、怒っている様子ではなく、よくよく聞いてみると、「気にするな、気にするな」と、ろれつが思うように回らない中で、必死に私に伝えようとしてくれたんです。そして、表情で感情を表せない代わりに「はは」と、自分が気にしていないんだということを、言葉にして伝えようともしてくれました。

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