ロンドンに学ぶ誰もが安全に使える公共交通 「少数派」に我慢や自粛を強いる日本との違い

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日本の都市部で通勤している読者の方々からすれば、「こんなシステムでは、いつまで経っても会社に到着できない」ともどかしさを感じられるかもしれない。しかし、イギリス人と日本人では文化的背景が異なるため、満員電車に関する忌避感にも大きな隔たりがあるのだ。

たとえば、パーソナルスペースに関する感覚。日本人は、他人に近づかれると不快だと感じる空間が、他の人種に比べると比較的狭いと言われている。つまり、日本人にとっても満員電車で見ず知らずの人と密着することは不快だが、他の人種にとってはそれが耐え難いほどの不快に感じられるということだ。

そうしたことも影響してか、ホームにおけるイギリス人の行動を見ていると、日本人とのある違いに気づかされる。車内が混んでいることを確認すると、無理をせず見送るのだ。数分待てば、すぐに次の列車が来る。見ず知らずの人と密着するくらいなら、数分を浪費してでも次の列車を待ったほうがマシというのことなのだろう。こうした文化だからこそ、朝のピーク時に乗車制限をかけられても、特に文句を言う人も出てこないし、それに従うことがむしろ合理的だと考えられているのかもしれない。

「ベビーカー参拝問題」で考えたこと

イギリス人の満員電車を忌み嫌う文化は、しかし副次的な効果も生み出していることに気づかされる。日本でも問題になっている痴漢や痴漢冤罪。これは、見知らぬ他人同士が密着した状態となることによって起こる問題だが、ピーク時であっても車内で他者と肌が触れ合うことはないといった程度の混み具合であるロンドンでは、車内での痴漢行為には無理がある。たとえ、そうした行為に及ぼうとしても、誰が行っているのかが周囲から一目瞭然になる。

副次的な効果は、もう一つある。今年の正月、「ベビーカー参拝問題」なるものがネットで話題となったことを覚えているだろうか。あまりの混雑にトラブルが起こらないよう「ベビーカーはご遠慮ください」という掲示をした寺院がネットで炎上。しかし、のちに非常識なベビーカー参拝客が多かったために、やむなくこうした掲示をすることとなった経緯が伝えられると、今度は「なぜ、こんな混雑した場所にわざわざベビーカーで出掛けていくのだ」という非難が集中することとなった。

「混雑しているところに、なぜわざわざベビーカーで出掛けていくのか」

「危険を考えれば、初詣に行きたくても我慢するのは当然」

これらの批判は、一見、的を射たものであるかのように思える。しかし、こうした言説に触れるたび、なぜベビーカー利用客だけが参拝を我慢をしなければならず、一般客の多くは我慢せずに済むのだろう、この両者の間に存在する差とは何なのだろうと考えさせられた。もう少し平たく言えば、両者が少しずつ我慢することで、誰もが安全で快適に利用できる仕組みを模索できないだろうかと考えていたのだ。

ロンドンのターミナル駅で遭遇した乗車ルールならば、どうだろうか。ベビーカー利用客や私のような車椅子ユーザーでも、これらの行列に並ぶことは可能だ。多くの一般客と同じ時間だけ待つことさえすれば、やがて自分の乗車する順番が訪れ、混雑しているとはいえ、ベビーカーや車椅子が乗り込むスペースがある車内に乗車することができる。

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