「同一労働・同一賃金」の実現こそが不可欠だ 長時間労働の是正だけではハッピーじゃない

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ただ、付加価値労働生産性を向上させるには別のルートもある。「同一労働・同一賃金」の実現である。こちらは物的労働生産性の改善にはつながらないが、賃金分配の変化を通じて付加価値労働生産性を改善する可能性がある。

日本生産性本部のデータによると、日本のサービス業の付加価値労働生産性は、米国のそれと比べて半分以下という状況だ。これはバブル崩壊後、外食・小売り、宿泊業などのサービス業が需要確保のために安売りに走ったことの結果だが、もう一つ、理由がある。それは、これらの産業が歴史的・制度的に低賃金を可能とする背景を持っていたからだ。

日本では、稼ぎ頭の夫が正社員として製造業で働き、パートタイマーの主婦がサービス業で働くというパターンが多い。そして、賃金の高い夫が働く製造業はサービス業より付加価値労働生産性が高く、低賃金のパートが多いサービス業のそれは低いという厳然たる事実がある(日本生産性本部のデータでは、機械産業や自動車産業の付加価値労働生産性は米国とほぼ同一)。

非正社員の不合理な低賃金を改める

つまり、サービス業の付加価値労働生産性が低いのは、非正社員の大量活用により低賃金を実現できるという業界の雇用慣習とコインの裏表の関係にある。製品・サービスの付加価値の過半は人件費が占めているからだ。

目下、人手不足を背景にパートタイマーや派遣社員など非正社員の賃金は上昇しているが、同一労働・同一賃金の取り組みによって非正社員の待遇改善が加速すれば、サービス業では値上げの動きが強まるだろう。まるで「ニワトリが先か、卵が先か」という話だが、不合理な低賃金が改まることで付加価値労働生産性が改善するというパターンだ。

労働力人口減少が顕在化する中、長時間労働の是正は、働きすぎによる健康被害の防止や、女性や高齢者の就業促進、そして物的労働生産性向上のために強く求められる。一方で、同一労働・同一賃金の取り組みは、サービス業の低賃金という構造問題に風穴を開け、付加価値労働生産性の改善に一役買うことが期待される。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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