ミンダナオ紛争を戦った「キムラさん」の正体 日系イスラム戦士、「日本への思い」を語る

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MILFの軍服を着て自動小銃を構えるキムラ(筆者撮影)

最大の激戦はジョセフ・エストラーダ政権時代の2000年3月。大統領はイスラム勢力に対する「全面戦争」を宣言し、MILFの軍事拠点キャンプ・アブバカルを総攻撃した。「村々は焼き払われ、多くの住民が虐殺された。家族を避難させ、戦闘部隊が残って徹底抗戦したが、2カ月間ひっきりなしに空爆や砲撃を受け、最後は力尽きて陥落してしまった」。

すさまじい証言だが、当地のイスラム教徒の男性は多かれ少なかれ、誰もが同じような経験をしている。孫を抱いた今のキムラは、いかにも優しそうな“好々爺”だが、MILFの軍服に着替えて自動小銃を手にすると、ゲリラ戦を戦い抜いたイスラム戦士らしく表情が引き締まる。

MILF幹部にキムラについて伝えたところ「MILFに日系人兵士がいるとは知らなかった。おそらく唯一のケースではないか」とのことだった。

「日本人の血に誇りを感じる」

残留日系人の多くは第2次大戦後、厳しい反日感情にさらされ、出自を隠して生きてきたが、キムラ一族はフィリピンの少数派であるイスラム社会にいたことで、逆に差別を受けずに済んだのかもしれない。

キムラは「若い時から戦ってきて、ようやくミンダナオに平和が訪れようとしています。孫たちには同じ経験をさせたくない。きちんとした教育を受けて、幸せに暮らしてほしいと思います」と話す。

そして「日本人の血が流れていることは、私のひそかな誇りです。戦争に負けたのに立派な国になって、車もバイクも家電製品もすばらしいものを作っている。もし祖父の出身地がわかったら、私たちの故郷がどんな所なのか、一度訪ねてみたいですね」と日本への思いを語った。

フィリピン残留日系人の日本国籍取得を支援しているNPO「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)によると、これまでに確認された日系2世は3545人。前述のとおり、戦後長く日系人を名乗ることがはばかられたため、各地で日系人会が組織され、身元確認や日本国籍取得の取り組みが始まったのは1980年代のことだ。猪俣典弘PNLSC事務局長は「戦後70年余りを経て、関係者が高齢化したり亡くなったりして、身元確認や日本国籍の回復は年々難しくなっている」と話す。

最後に情報提供を呼びかけたい。キムラは日系人認定を求めているわけではなく、ただ自分たちのルーツを知りたがっている。雲をつかむような話だが、たとえば親族の中で、1918年(大正7年)頃に和歌山(あるいは岡山)からフィリピンに渡った電気技師、木村なる人物に心当たりのある方は、ぜひ当記事の下にある「コメント欄」を通じてお知らせいただきたい。日本とフィリピンにまたがる1世紀のミッシングリンクがつながるかもしれない。

(文中敬称略)

中坪 央暁 ジャーナリスト

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なかつぼ ひろあき / Hiroaki Nakatsubo

毎日新聞ジャカルタ特派員、編集デスクを経て、国際協力分野の専門ジャーナリストとして南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島、ミャンマーのロヒンギャ問題など紛争・難民・平和構築の現地取材を続ける。このほか東ティモール独立、インドネシア・アチェ紛争、アフガニスタン紛争などをカバーし、オーストラリアの先住民アボリジニの村で暮らした経験もある。新聞や月刊総合誌、経済専門誌など執筆多数。

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