ベトナム最悪の海洋汚染、意外な「その後」 謝罪から1年、魚はまだ死んでいる

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ドンイェン村にはいまだ賠償金を受け取れない漁師もいる。立ち退き問題に関連した「嫌がらせ」だと、二重の責め苦を負うこととなった彼らは、国とファルモサ社に憤りをあらわにする。

“ちゃぶ台返し”のような原発計画の中止

着々と進んでいたはずの原発計画だったが…(2012年・ニントゥアン省)

企業が起こしたこの公害、環境汚染に対し、一時期ベトナムでは過去にないほど抗議活動が盛り上がった。フォルモサ本社があるハティン周辺、ハノイやホーチミンといった大都市など、全国各地で会社や政府の対応を批判するデモが起きていた。

そうした中、ベトナム初となる原子力発電所の計画中止が突然発表される。中南部ニントゥアン省沿岸、魚の大量死があった海域よりさらに南に位置するが、日本とロシアがインフラ輸出する形で着々と進められていた大規模国家プロジェクトだった。それがちゃぶ台をひっくり返すがごとく、昨年11月の国会でいきなり白紙撤回されたのである。

中止の理由はまず経済的な要因とされた。ただ、ベトナムメディアの質問に応じたレ・ホン・ティン科学技術環境委員会副主任は、核廃棄物処理といった環境対策に言及し、「特に最近の環境事故の後ではその必要が高まっている」とフォルモサ事件を引き合いに出して、あえて環境問題を計画見直しの理由に付け加えた。

福島第一原発の事故による安全性への不安に加え、フォルモサ公害で喚起された住民の環境意識、その高まりが経済優先の政策に影響したとする見方もある。さらに今回の政府の原発中止決定を、環境に配慮した「勇気ある撤退」だと評価する論調も見受けられた。

一方、昨年のベトナムにはもう1つ、大きな“ちゃぶ台返し”が起きていた。最高指導者である共産党書記長への就任確実と目されていた、グエン・タン・ズン首相の突然の失脚だ。年初の共産党大会において周到に用意されていたはずの権力トップの交代が、急転直下変更され、ズン氏は政界を引退した。

「たぶんズン首相のままなら、原発計画は中止になっていません」

そんな話を耳にしたのは首都ハノイのビジネス街。政治経済状況に敏感な彼らの共通認識とは、原発計画の中止はフォルモサ事件と関係なく、それが起きる以前からすでに路線は引かれていた、というものである。

さらには同じ事柄を別の場所でも聞かされた。ほかでもない、原発の建設予定地となっていた、まさにその村でである。

(後編に続く)

(写真:すべて著者撮影)

木村 聡 写真家、フォトジャーナリスト

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きむら さとる / Satoru Kimura

1965年、東京都生まれ。新聞社勤務後、1994年からフリーランス。国内外のドキュメンタリー取材を中心に活動。ベトナム、西アフリカ、東欧などの海外、および日本各地の漁師や、調味料職人の仕事場といった「食の現場」の取材も多数。写真展、講演、媒体発表など随時。

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