「働かないおじさん」だって、心底悩んでいる 中高年が企業に囚われる悲劇

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中原:いま年配の人は、何とか逃げ切れるかもしれない。でも、若い人は、逃げ切れないのです。残念ながら、僕も為末さんもみなさんも「逃げ切れ」ません。

為末:年金も同じように思われていますよね。

中原:おっしゃるとおりですね。自分の仕事人生を、ひとつの企業任せにしてもいいのかなと思いはじめていますね。年金の場合は、自分の老後を「国任せ」にしていて大丈夫なのかと考えています。

人は時間を費やした量で価値が生み出されると考えがち

中原:この「ホステージ理論」は、スポーツの世界では当てはまるんでしょうか。

為末:僕らの世界で当てはめると、トレーニングを貯蓄みたいに考えると、努力とリターンとが見合わないことはよくあります。試合で結果が出ると、名誉とか金銭を得られて努力に見合うと考えます。オリンピックがある年に、4年間にたまったものが一気にペイされる。給与を全額引き出せるような感じです。でも、そこでうまくいかなければ引き出せない。2年引っ張ったら4年後まで引っ張ろうとします。アマチュア競技だと払い戻しがあまりなくて、満額を払い戻すには、4年に1回まで引っ張らないといけない。

中原:へー、そういうもんなんですね。トレーニングって、やった分だけ、すぐに報われるんじゃないんですね。為末さん、僕、正直に白状しますけれども、体育で「2」とかをとっていたほどの、運動オンチなんです。だから、スポーツのことをたくさん教えてください。

為末:はい。

中原:ところで、そんなふうに、トレーニングがやった分だけ、すぐに報われないのだとすると、トレーニングをやればやるほど、いつかリターンがくることを期待してしまうので、やめられなくなりませんか? トレーニングの報いが得られるまで、それこそ「ホステージ」になってしまいませんか?

為末:そうなんです。やめられなくて路頭に迷うアスリートは多いんですよ。

中原:引退を決意するのは、どういうときなんですか?

為末:大きなイベントがないと引退や引き際を意識することはなかなか難しいんです。だからオリンピックのタイミングで引退が多くなるんですね。3年間の合計とオリンピックの1年では引退の数は明らかにオリンピックの1年のほうが多いでしょう。自分では厳しいと気づいているけど、次のオリンピックまで数年引っ張るとなると、その後の人生を考えると、その分の数年はロスになる可能性があります。みんなこの頃になると皮算用をはじめるのです。

また、日本のスポーツの世界は、象徴的なのですが、トレーニングの成果を、トレーニング中に感じた痛みと費やした時間量で測る傾向があるんですよね。トレーニングの価値は、「痛くなきゃ」ダメだし、「時間をかけなきゃ」ダメなんです。だから比較的、日本の選手のトレーニングって「エモーショナル」になりがちです。監督に「ぼくは、血を吐くほど、一生懸命にやっています」とか、「5時間もやっています」と訴えるんです。監督は、それを評価する。

中原:「根性論、精神論」ですね。

為末:欧米ではどのくらいやったかや、どんな気持ちでやったかよりも、「その練習でどういう変化が生まれたか」を重視していました。つまり、こういう練習をやってこのくらいのパフォーマンスが上がりましたという話をするんです。欧米の監督は、血の量とか、時間などのプロセスをさほど評価しない(笑)。むしろ、パフォーマンスを評価する。

こういう根性論や精神論や長時間のトレーニングや、痛くないと努力じゃないという思い込みは、いい面もありながら一方で時間ごとに生み出す価値を下げているのではないかと思います。

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