性暴力被害女性が犯人を「赦す」道を選ぶ理由 アカデミー賞を拒否した女優が性暴力を語る

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――愛する人との間に大きな「価値観の違い」が生まれてきてしまう切なさをどのように演じたのでしょうか。

ラナの気持ちは非常に複雑です。映画の序盤でも描かれているように、夫のエマッドはいつも冷静でオープンな性格。そんなエマッドを愛しているのに、その人が"あんな風に"なってしまう。自分のせいで彼の人格がある意味で豹変してしまった。その暴力性や残酷性にラナは深い傷を負います。

この物語が描く本質的な痛みというのは、「暴行を受けて傷ついた女性像」というよりもむしろ「愛する夫が理解できない存在になっていくことに傷つく女性像」なのです。

――性的暴行を受けても警察に届けず「泣き寝入り」してしまうラナ。ラナはその時どんなことを考えていたのでしょうか。

タラネ・アリドゥスティさん/1984年、イラン・テヘラン生まれ。17歳の時に出演したロカルノ国際映画祭審査員特別賞受賞作『I am Teraneh, 15 Years old』(2002年)で女優のキャリアをスタートさせた。アスガー・ファルハディ監督とは『美しい都市』(2004年)、『火祭り』(2006年)、『彼女が消えた浜辺』(2009年)でも組んでおり、本作が4本目の出演作となる(写真:Go Furuya/HuffPost Japan)

これはラナやイランの女性だけでなく、世界中の全ての女性に通ずる気持ちだと思います。

どんな国籍のどんな背景の女性でも、性的暴行を受けたら絶対に迷うと思います。警察に行っても証拠がなければ訴え出ることは難しく、男性が違う証言をしてしまったら、逆に不利な立場になり得ます。「声をあげるか、あげないか」これは誰しもが戸惑う点なんだと思います。

――国籍を超えて普遍的な「女性であることの難しさ」を描いた、ということなんでしょうか。

その通りだと思います。

アカデミー賞「ボイコット」を通して伝えたかったこと

アカデミー賞授賞式への参加をボイコットすることで、イスラム圏7カ国からの入国禁止令に抗議したアリドゥスティさん。一方で会場では司会者のジミー・キンメルの「トランプいじり」にはじまり、多くの俳優らが「愛と物語」で「分断」に対抗しようと呼びかけました。

――ボイコットという選択はどのようなお気持ちで決めたことだったのでしょうか

実は大統領選挙戦中から多くのイラン人が「トランプが大統領になるのでは」と心配していました。というのも、あの時期までイランは他の欧米諸国ときちんと会話ができたし、長い時間をかけて経済制裁を解除することもできたので、トランプが大統領になることの悪影響をすごく心配していたからです。

彼が大統領になることで、何が起こるかわからないし、悪いように情勢が変われば、経済的にも政治的にも戦争につながる諍いが起きるのではないかと心配していました。

そして実際にトランプは突然差別的な発言をし、入国制限を表明しましたよね。すごくたくさんの人が影響を受け、不安の底に叩き落とされました。アメリカで病気を治療している人もそれが受けられなくなったり、アメリカ行きの飛行機に乗った人が入国できなくなったり、という事態まで起こりました。

そういった状況を報道で見ていると、弁護士の人たちが空港に駆けつけたり、色んな人がメッセージボードを持って抗議していたりしていました。

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