スペイン最高のシェフが「超僻地」を好む理由 世界最先端のビジネスは辺境で創られる

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普通は単に食材を冷凍保存すればせっかくの旬の味も、劣化しそうなものです。ところが彼が研究した方法で冷凍すれば、むしろ冷凍して2年くらい置いたほうが、味が出てうまみが出てくるというのです。

マルティネス氏は食材品質管理研究ラボの重要性を強調。「食の最先端」は僻地だからこそ、できる(写真:著者提供)

そのことに気づいて以来、彼はさまざまな食材について試してみました。その結果、驚いたことに、他の野菜でも同様の効果が確かめられたのです。

そこで彼は、今度はスペインの北の内陸部ではなく、南の海沿いの地方で収穫できるトマトに目をつけました。旬の時期に、安く、大量に仕入れ、それを調理したうえでパック詰めして2~3年冷凍するのです。そうすると、やはりよりうまみが出てくるのです。

超一流の料理が僻地で作られ、ホテルや病院へ

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こうしてマルティネス氏は各地の旬の食材を安く仕入れ、調理し、冷凍保存することで、一年中一級品のグルメを安く提供する手法を考え出したのです。

それを実現できたのは、彼が辺境の地に住んでいたからでもあります。辺境は当然ながら土地が安い。彼はそこに延床面積5000㎡超もある、ドイツ製の最先端調理・冷凍設備を備えた食品工場を建てたのです。食材を搬入したときに虫などが混入しないようにするために、半導体製造工場にもあるような「クリーンルーム」まで備えた、世界に類を見ない最先端のグルメ研究開発工場でもあります。

もちろん、この最新設備で作られたおいしい料理を小さなオーベルジュで提供しているだけでは利益が出ません。そこで彼はホテルチェーンへの販路を開拓し、さらに病院チェーンにも目をつけました。ヨーロッパはチェーン化された病院が多いのですが、そこで患者さんに提供される病院食は、日本同様においしくないというのが今でも通り相場になっています。

「だったらグルメの病院食を提供したら患者も喜ぶはずだ」と考え、その信念から次から次へと病院チェーンを攻略していったのです。今では彼の設立した会社は、国際的なグルメケータリング会社として成長し続けています。

これと同じことを、もし都会のレストランのシェフが思いついてもなかなかできなかったと思います。マルティネス氏が成功したのは、卓越したアイデアを、辺境という土地の安さが後押ししたからでしょう。

過疎化が進む日本の辺境も、同じような条件は整っていると思います。やる気とアイデアがあれば、辺境には大きなチャンスが眠っているはずです。そうした辺境からのスタートアップが、これからの地方創生の担い手になっていく。実は、日本でも注意深く見てみると、有能で志ある若者がすでに少しずつ辺境に出ていっています。この動きこそが、日本の地方創生の原動力になっていくと私は確信しています。

阿部 崇 ジャーナリスト

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あべ たかし / Takashi Abe

1969年福島県生まれ。経済誌記者を経てフリーに。現在は週刊誌を中心に活動中。

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