やはり廃案となる可能性が高いトランプケア なぜ米国の医療制度はうまくいかないのか

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オバマケアはあくまで医療保険制度の改革であり、医療価格の統制などは実現できなかった。そのため、オバマケア施行後も引き続き医療費や保険料は上昇したわけだ。さらにオバマケアにより、既往歴のある人の民間保険加入が増えたり、保険の標準的給付内容が充実したりしたことも保険料上昇の一因となった。

こうした複雑な状況を理解しにくい多くの米国民が、すべての責任をオバマケアに押し付ける共和党系の保守強硬派の声に流されてきた面もある。そして、それがトランプケアの台頭を招いたといえるだろう。

白人中所得層のトランプ支持者からすれば、自らは雇用主提供保険を享受しており、「オバマケアによって新たに入ってきた連中のせいで保険料が高くなった」という被害者意識がある。これは移民排斥と同じ理屈であり、だから「元に戻せば、ひどい状況ではなくなる」というトランプ大統領の主張に共感するわけだ。

本来、医療のような社会保障政策は国民全員のリスクをプールすることで「困ったときはお互い様」を実現するものだ。だが、皆保険が存在せず、社会保障でも勤め先や年齢・所得階層で分断されている米国では、利害の一致しない他者への攻撃に流れやすい。

「小さな政府」を信奉する共和党とトランプ大統領は、トランプケアでオバマケアを事実上撤廃すれば、規制のない中で、賢く合理的な消費者の選択が医療費や保険料の抑制につながるだろうと考えている。しかし、前述の「情報の非対称性」などから、それには無理があるだろう。

消費者に十分な情報がないところでは、「消費者主権」は成り立たない。日本や欧州が公的な国民皆保険や診療報酬・医薬品価格への統制を行っているのは、これらの国が社会主義的だからではない。単にそのほうが「経済厚生のうえで効率的」と考えられているからだ。

上院での調整は難航、税制改革へシフトも

上院での調整が長期化するトランプケアだが、2018年度予算や税制改革の審議が控え、デッドラインは8月ごろとみられる。「2018年11月の中間選挙でアピールするため、減税を実現したい共和党は今後、トランプケアの廃案を決断し、税制改革法案にシフトする可能性もある。すでに一部の共和党関係者はそうした動きを取り始めた」(米州住友商事ワシントン事務所の渡辺亮司氏)との指摘もある。

仮にトランプケアが頓挫すれば、米国の医療・医療保険制度の真の問題を議論するような方向に議会は向かうだろうか。党派対立がその邪魔をする可能性が高いが、しかし、そこにメスを入れないかぎり、米国民は医療・医療保険問題で幸福にはなれないだろう。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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