イスラムとキリストの分断が深まる国の苦悩 インドネシアで起きた政争めぐる大混乱

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この選挙結果を、ホルモン入り豚骨ラーメンを勢いよくすすっていた中国系キリスト教徒の彼女はどう見ているのだろう。すでに帰国していた彼女に連絡を取ってみると、彼女はひどく憤っていた。

「信じられない! とても失望しているわ! ジャカルタは彼のお陰でインフラなどの環境も治安も本当に改善されたのよ。彼がイスラム教徒でないから、反対派から大々的にブラックキャンペーンが展開されたのが敗北の原因よ。イスラム急進派に至っては、もしイスラム教徒じゃないリーダーに投票するならば、地獄に落ちるとまで言い放ったわ。これは、れっきとした差別と偏見よ!」

1998年、スハルト大統領退陣に至る大規模な暴動の際には、中国系住民が経営する店舗などが標的となり、略奪・放火が繰り返され、1200人以上が殺害された。その際、彼女の母方の祖父が経営する店舗も「中国人だから」という理由で焼かれ、父方の祖母の経営していた3つの店舗も、軒並み放火に遭い、経営を立て直すことができない苦難を味わったという。

バスキ氏が敗北した今後、インドネシアはどうなるかと質問をすると、彼女はこう言った。「想像したくもないわ。なぜなら、差別と偏見の勝利だもの、私のハートは粉々になったも同然よ。未来は暗いわ、はははは」と、最後は少し茶目っ気を見せながらも、その暗澹(あんたん)たる気持ちを表現した。

浮き彫りになってきた宗教をめぐる分断

穏健なイスラム教の国といわれてきたインドネシアで、いよいよ浮き彫りになってきた宗教をめぐる分断。だが、事態はこれにとどまらなかった。

コーランを侮辱する発言をしたとして選挙期間中から「宗教冒瀆(ぼうとく)罪容疑」で裁判の被告となっていたバスキ氏に、今月9日、追い打ちをかけるように、 禁錮2年の実刑判決が言い渡された。

バスキ氏の問題とされる発言が、実は強硬派に改ざんされて広まっていたことも判明したことから、検察側は「執行猶予付き」の判決を求めていたが、求刑より重い予想外の「実刑」判決となった。まだ任期を残すバスキ氏は控訴したが、即日拘置所に収監され、副知事が知事代行を務めるという異例の事態となっている。

この判決が出た日、私のFacebookのタイムライン上で、憤りと悲しさをあらわにしていたインドネシア人女性がもう1人いた。15年ほど前にロサンゼルスに滞在していた際に出会った、2人の女児を持つ母親だ。彼女はインドネシアを離れ、兄弟が暮らすロサンゼルスに居を構えていた。

当時、現地の会社でインターンをしていた私に、自宅の1部屋を貸してくれ、とてもリベラルな考えを持った心優しい女性だった。聞くと、実は彼女も中国系インドネシア人。バスキ氏の実刑判決を伝える新聞のリンクをFacebookでシェアしつつ、こう書き込んでいた。

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