あなたの「読書」にセンスはあるか? カリスマ編集者と経営学者、「読書」を語り尽くす(上)

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南アフリカは「精神と時の部屋」

佐渡島:僕は90年代ですが、インターネットはなかったし、国際電話代もすごく高かった。母親がたまに実家にかけるくらいで、子どもが電話するというのは高すぎてありえない。僕はやっぱり日本が恋しかったから、ずっと本を読んでいました。

日本人学校の図書館と、同じ敷地内にある日本人会の図書館には、ずいぶん通いましたね。日本人学校のほうは全集系がそろっていて、日本人会のほうは赴任していた人が残していった本だから、赤川次郎といったミステリー系が多かった。91年にアパルトヘイトが崩壊して治安が相当に悪かったから、ひとりで外は歩けない。移動は全部車だし、学校以外はほとんど行くところがないのです。本を読むくらいしか娯楽がなかったところがあります。

楠木建(くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1964年東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『経営センスの論理』『戦略読書日記』などがある

楠木:なるほど。僕のいた頃はいい悪いは別として、アパルトヘイトが断固として機能していたので、治安は非常によかった。ヨハネスブルクで最高級の場所といえば、旧市街の「カールトンセンター」という場所。週末にはお金持ちがイブニングドレスで集うようなホテルがあった。2000年ごろ、僕はもう一度仕事でヨハネスブルグに行っているのですが、そこがスラムになっていましたもの。

ああいう国の場合、滞在した時期が違うとずいぶん違いますね。なんといっても60年代は1ランド=400円で、世界最強通貨。「いざとなったらダイヤモンド掘るからさ!」みたいな世界です。ものすごく豊かだったし、あまりにも小さかったので、恋しくなるほど日本がわかっていなかった。

佐渡島:そこはかなり違いますね。

楠木:家はプールとテニスコートがあるし、ちょっと大きな家になると、メードさん、ガーデナー、掃除をしてくれる人、運転手さんと、手伝いの人が職能別にいて。彼らは敷地内の長屋に住んでいた。今、考えると贅沢な話というか、無茶苦茶ですよね。

とにかく僕は朝起きるとベッドルームから降りてきて、メードさんに「ブレックファースト・プリーズ」。スクランブルがいいのか、フライドエッグがいいのかとか聞いてくれるのが当たり前だと思っていた。たぶん彼女は10代後半でしょうね。だから日本に帰ってきたときは衝撃です。ちっちゃな部屋に連れていかれたから、てっきりメードさんの部屋かと思った。ところが、一家全員でここに住むという。子ども心に「落ちぶれたもんだな」と思いました(笑)。

佐渡島:その気持ちわかります(笑)。僕のところはガーデナーとメードさんしかいませんでしたが、庭は200坪ぐらい。社員みんながそういう感じでしたね。

楠木:それでも日本に帰ってくれば、貴重だった本が読み放題でしょう。本当にうれしかったですよ。

佐渡島:確かに。僕は講談社にいたときに井上雄彦さんの「バガボンド」という作品の編集担当になりました。原作は、吉川英治さんの『宮本武蔵』です。原作のほうには、武蔵が成長するとき、城の中にこもって本を読み続けるというくだりがあります。出てきたら強くなっているという話です。「ドラゴンボール」でも、「精神と時の部屋」という何もない異空間があって、そこは修行の場所です。そう考えると、南アフリカみたいな隔離された国で本を読むのは、すごくいい経験だった気がしています。

楠木:やることの種類は、ものすごく少なかった。日本人コミュニティも周りにないから近所の子どもたちと遊ぶのですが、移民の国なのでいろんな国がベースになっている。

わりとメジャーな遊びに、「雲を見る」というのがありました。野原ばかりのヨハネスの住宅地で、みんな寝転がって空を見る。雲を何かに見立てて遊ぶわけです。「あれはゾウだ」「ウサギだ」ってね。で、雲が流れてくると「わー、ゾウが攻めてきた! ウサギは踏み潰されちゃうぞ」みたいなお話をかわりばんこに作っていって、そのワンセットが2時間(笑)。2時間も雲を見ていたのかと今思うと驚くけれど、やることがとにかく少ないというのは、よかったかもしれません。

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