壊れゆくアメリカ ジェイン・ジェイコブズ 著 中谷和男 訳~ぶれない主張をしつづけ価値ある人生を全う

壊れゆくアメリカ ジェイン・ジェイコブズ 著 中谷和男 訳~ぶれない主張をしつづけ価値ある人生を全う

評者 増田悦佐 証券アナリスト

 経済学者としては結局二流にとどまったケインズ左派の「やんちゃ娘」、ジェイン・ジェイコブズは、しかし社会批評家としての超一流ぶりを、遺作となったこの『壊れゆくアメリカ』でもいかんなく発揮している。

残念ながら、主張自体に新鮮味はない。1961年に原書が出版され、すさまじい悪訳にもかかわらず、若き日の情熱のほとばしりは感じ取れる『アメリカ大都市の死と生』に始まって、円熟期にさしかかったころ書かれた『都市の経済学』でも追及していた、同じ論点をくり返しているからだ。その論点とは、かつては豊かで偉大な国民経済を形成していたアメリカを、自動車が貧富の格差と犯罪が蔓延する殺伐とした国に変えてしまったというものだ。

世の中には、何十年もぶれない主張をしつづけたからこそ価値がある人生というものもあるのではないだろうか。ジェイコブズは、人間がクルマを日常生活の足として受け入れ、路地や横丁を邪魔者扱いし出した瞬間からコミュニティの崩壊が始まったのだと、一生をかけて説きつづけた。この主張は、ゴールデンシックスティズと呼ばれた、アメリカ文明最盛期には、偏狭な懐古主義者の愚痴としか聞こえなかったかもしれない。だが、エネルギー危機が自動車文明の弔鐘を打ち鳴らし始めた現代にこそ、ジェイコブズのアメリカ文明断罪は輝きを増す。

本書は、コミュニティ意識の崩壊が、アメリカ社会の隅々にまで及ぼした害毒を列挙していく。衰退する家族、教育機関であることをやめて博士号や修士号の授与機関と化した大学、専門性の殻に閉じこもって社会性をなくした学者たち、貧富の差を拡大する税制、不正を防げないどころか不正に加担してしまった公認会計士事務所、都心にスラム街を残して富裕層が逃げ出した郊外の際限のないスプロール化。油断すれば日本でもくり返されそうな光景が、現代アメリカの深刻な問題を浮き彫りにする。まさに、ジェイコブズの社会批評家としての真骨頂を示す鋭い観察眼が光っている。

家族や世帯が歴史の要請に応じていかに千変万化の変容を遂げてきたかを説明する第2章は、以下の自問自答で締めくくられている。「北アメリカの家族が収入の面でますます追い詰められていった場合には、必要に迫られてどのような世帯が生まれるか、わたしにはわからない。わたしの直感では、その世帯はたぶん強制的なものだろう。2000年以降、アメリカで急激に多様化し拡大している世帯は、刑務所である」。

ジェイコブズ節、絶好調のまま逝った著者に黙祷を捧げたい。

Jane Jacobs
1916年生まれ。コロンビア大学で地質学・動物学・法学・政治科学・経済学を学ぶ。業界紙記者、フリーランスの寄稿家として活躍。ベトナム戦争に反対し、カナダ・トロントへ移住。トロントの都市計画に参加。アカデミズムや組織に属さない思想家として世界的に知られたが、2006年に没。

日経BP社 1995円 269ページ

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