フランスが国際テロの標的になる3つの理由 政治学者ジル・ケペル氏の分析とは?

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――最後に、ライシテ=世俗主義について聞きたい。昨年夏、イスラム教徒の女性が海辺で着用するブルキニ問題が発生した。フランスの海辺の自治体が一斉にブルキニ着用を禁止した。フランス以外の国では、あまりにも行きすぎではないかという声が出たが。

英語圏のメディアはいつもフランス人を笑う。フランスバッシングの1つだろう。

ブルキニ問題は、昨年7月14日、当時最後の大量の死者が出たまさにその場所となるニースで起きた(注:イスラム教過激主義に心酔した青年がトラックで歩道者に向かって突っ込み、86人が命を落とした)。86人のうち、30人はイスラム教徒で、誰しもがその死を悼んでいた。

ライシテの原理が揺れている

ニースの事件からほんの数日後、海岸でブルキニを着ている女性たちがいた。地元の自治体はパニック状態になった。条例などを使ってブルキニ着用を禁止した。法的根拠があったわけではなかった。しかし、また攻撃があるのではないかと市民がおびえていたため、着用禁止令が必要だと考えたからだ。

このとき、イスラム主義の組織「ムスリム同胞団」やイスラムフォビアをなくすための団体がこう言いだした。「フランスは239人をテロで失った犠牲者だったが、ブルキニの1件で、一晩で犯罪者になってしまった」と。「世俗分離主義が厳格すぎた」。

こうした団体は、テロの犠牲者を忘れるような文脈を作っていた。重要なことは、「ブルキニの着用を禁止された自分たちが犠牲者となったことだ」と。「239人の死者のことは考えないようにしよう、ブルキニのことを考えよう」。

論理が破綻している話だが、米ニューヨークタイムズを含む多くのメディアがこの論理にひっかかってしまった。

ライシテが原則となる社会では、キリスト教徒であろうと、ユダヤ教徒であろうと、無神論者であろうと、あなたがどんな宗教を信じているか、あるいは信じていないのかはほかの人には関係ない。宗教の帰属(あるいは非帰属)を公にする必要はない、重要なことではないと考える。

重要なのは、私だったら、教授であること、学生に教えていること、本を読み、本を書くこと――これが私の定義となる。

自分はカトリック教徒のフランス人で、チェコ出身の両親がいるから、この洋服をこんな風に着てほしくない、そういう洋服の着方は私を侮辱するからだ……と私が言い出したり、ほかの人が言い出したらどうなるか。社会はバラバラに分断されてしまう。小さな分断されたコミュニティができてしまう。たとえば多文化主義の英国が今そうなっている。表面的には静かで何も問題がないように思えるかもしれないが、まったくそうではない。国が決定的に分裂してしまうと思う。

小林 恭子 在英ジャーナリスト

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こばやし・ぎんこ / Ginko Kobayashi

成城大学文芸学部芸術学科(映画専攻)を卒業後、アメリカの投資銀行ファースト・ボストン(現クレディ・スイス)勤務を経て、読売新聞の英字日刊紙デイリー・ヨミウリ紙(現ジャパン・ニューズ紙)の記者となる。2002年、渡英。英国のメディアをジャーナリズムの観点からウォッチングするブログ「英国メディア・ウオッチ」を運営しながら、業界紙、雑誌などにメディア記事を執筆。著書に『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』。

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