広告代理店から介護に転職した男性の苦悩 正社員だがボーナスも交通費もナシ

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以前、就業時間が求人票と違うことを社長と役員に指摘したことがあるが、「わかっていて(雇用契約書に)ハンコ、押したんでしょ」と言い返された。残業代不払いについても「うちは時間ではやってないから」とかわされた。

「だまされたほうが悪いと言わんばかりでした。時間でやっていないなら、何でやっているのかと聞いたら、“件数だ”と言うんです。要はノルマ。もっとたくさんの利用者を連れてこい、ということです」

正社員とはいえ、ボーナスも、住宅手当も、交通費も出ない。仕事に必要な自転車の購入代も、電話代も自腹なのだ。「これでは生活できない」と辞めていく同僚たちは後を絶たず、ノリオさんは勤続2年半にして5人のケアマネジャーのうち、いちばんの古株になってしまった。

会社側にも社員に長く働いてもらおうとの考えははなからないようだという。最近、同僚で正規雇用のシングルマザーが非正規雇用に転換するよう持ちかけられた。シングルマザーなどの「就職困難者」を継続雇用すると、国から助成金が支給される制度があるが、転換話が持ち上がったのは、まさに支給要件を満たす雇用期間が「満了」するタイミングだった。女性が拒否すると、社長はほかの社員らに「(女性の働きぶりに)問題があったら報告して」と言ってきたという。

ノリオさんは「(解雇の難しい)正社員から非正規に降格し、その後で辞めさせようという魂胆が見え見え。降格する理由を見つけるために、私たちに告げ口させようとしているんです。彼女をクビにした後で別のシングルマザーを雇えば、また助成金がもらえますから」と言い、わが事のように憤る。

守銭奴のような経営者にみえるが、彼を絶望的な気持ちにさせるのは、多くの高齢者介護施設の実態が似たり寄ったりだという現実だ。

年収は900万円から200万円へ

中堅広告代理店の営業社員だったノリオさんは40代半ばで、経営悪化を理由にリストラ。その後、介護の世界へと入った。ちょうど介護保険制度が始まった2000年のことである。年収900万円から、年収200万円へという落差は衝撃だったが、仕事にはすぐなじんだという。

「最初にオムツの交換をしたときには、“こんなことまでやるのか”とショックを受けましたが、もともとおばあちゃん子で、人とかかわる仕事が好きだったので。利用者さんが話してくれる第2次世界大戦時の学徒出陣の体験談や、(移民政策が進められた中国東北部の)満州からの逃避行の話は、臨場感があって聞きごたえがあります。営業マンのころは接待漬けの毎日で、これからもこんな日が続くのかと、ふと疑問に思うこともあったんです」

エリート会社員だったノリオさんがリストラのターゲットにされた当時は、それなりに思うところもあったろう。しかし、高齢者との交流を満足気に話す様子からは、今は介護の仕事に出合えたことを幸せに感じていることが伝わってくる。

問題は労働条件である。

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