フランスで初めて「源泉徴収」が始まる衝撃 仏大統領選、マクロン勝利による隠れた波紋

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ひるがえって、わが国ではどうか。政府は国民の所得や家族構成などのデータを網羅的に把握していることは、まったくない。個々の情報は漏洩しないように保護されつつも散在しており、一元的に管理されてはいない。市役所や町村役場には、住民票があり、そこには家族構成の情報があるが、それは所得のデータとは基本的に突き合わせられない。

国税庁は所得税の徴収のため、誰がいくら所得を稼いだかを把握する必要があるものの、支払われた給与が年間500万円以下、あるいは支払われた年金給付が60万円以下の人の場合、詳細な情報は得ていない(ただし地方自治体は福祉業務などのために必要なのでこれらの情報を得ている)。

また、われわれの持つ銀行口座で受け取る利子所得には、20%の利子所得税が課されるが、銀行口座が識別できる個人番号などで付番されていないので、誰がいくらの利子所得を得て、いくら利子所得税を払ったかという情報を、国税庁は持っていない。銀行・支店ごとにいくら利子所得が生じて、いくらの利子所得税を納めなければならないかを把握しているが、個人を特定していない。さらには、ある企業を退職した従業員がいても、その従業員が次にどの企業に雇われたかや失業したかを、適時に把握している政府の部局はない。

国民による手続きの利便性は高まるが・・・

このようにわが国では、情報を必要に応じて集めているが、部門間、国と地方自治体間での情報共有を網羅的に行ってはいないため、政府は国民の所得や家族構成などのデータを網羅的に把握してはいないのである。だから直ちにフランスのようなことを日本で行うことは難しい。

前述した記入済み申告書だが、実はわが国においても、議論となった会議がある。規制改革推進会議の行政手続部会である。納税者たる個人や企業が納税手続きをするのに、電子化が不十分で結構手間がかかって不便ということから、その省力化や効率化ができないかを検討する中、俎上に上っている。電子化をさらに進めて、国民の利便性を高めることは重要だ。

個人情報を保護しながら、マイナンバーをうまく活用することも有益である。どこまで深く追求するかは国民の合意形成が欠かせない。政府が国民に関する情報を過不足なく収集・共有できないと、国民の利便性を高めることができないものもある。行政手続きの便利さと、政府の情報収集・共有をどこまで許すか、そのバランスが問われている。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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