ベーシックインカムはAI失業時代の救世主か 世界各地で限定的な実験が行われている

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また、毎月もらえる金額も、勤労意欲を考えるうえで重要だ。スウェーデンでの実験のように月7万円の支給であれば、BI以外の収入を得るため何らかの仕事をしようと考える人もいるだろう。一方、スイスの国民投票での提案のように月28万円の支給であれば、働かなくても暮らしていけると考える人が増えるかもしれない。

これは第2の財源の問題とも関連している。単純に計算して、もし日本国民全員1億2679万人が月7万円をもらうなら、年間約106兆円が必要になる。月28万円ならば約426兆円と途方もない額になり、そもそも2015年度の国民所得は338.5兆円なので、まったく現実味がない。

2014年度の社会保障給付費の規模は112兆円ほどである。仮に、老齢年金・介護保険等(54兆円)、児童手当等(5兆円)、生活保護その他(3兆円)、失業手当(1兆円)など既存の社会保障をすべてBIに置き換えれば、7万円にはなる。ただし、社会保険料収入は65兆円しかなく、税収は不足し多くは借金で埋めているため、持続可能ではない。そもそも、既存の社会保障をすべてBIに置き換えるのか、一部を並存させるのかという点についても、議論が分かれるだろう。

そもそも財源となる増税ができていない

同志社大の山森教授は「どのみち既存の社会保障を全廃することはできず、増税は避けられない。日本で本当にBIを導入するとすれば、20年、30年といった長い時間をかけて、少額から始めるしかない」と見る。

8%から10%への消費増税が2度も先送りになったことから考えて、現在の日本では容易に増税できない可能性が高い。税制に詳しい中央大学の森信茂樹教授は「AIの普及に伴い雇用が失われていくとすれば、BIは(新しい雇用環境に)軟着陸していくためのツールにはなりうる。その場合、AIに課税して財源を確保することも考えるべき」と指摘する。

ただ、AIへの課税も容易とはいえない。「企業の研究開発への意欲を失わせる懸念がある」(森信教授)。また「AIとそうでない技術の線引きは難しく、課税逃れを引き起こす可能性がある」(駒澤大の井上准教授)。BIは人々の生き方を根底から変える制度であるだけに、その実現にはまだ多くの議論を必要としている。

平松 さわみ 東洋経済 記者

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ひらまつ さわみ / Sawami Hiramatsu

週刊東洋経済編集部、市場経済部記者を経て、企業情報部記者

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