固定資産税に翻弄される人たちの悲痛な叫び 時代に合わなくなっているのに変わらない

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そこで長男だった祖父が「相続人代表者」に指定され、固定資産税を納めていた。祖父の死後は父がその指定を受け、所有者の死後も70年以上、固定資産税を納めてきた。そして父の死によって、新たに代表者として男性が指定されたというわけだ。現地を見に行くと、起伏の大きな山林や荒れ地で、利用価値は乏しかった。

相続による登記の変更をしなくても、自治体は戸籍をたどって固定資産税の課税対象者を探し出す。役所からの通知書には「相続財産は相続人全員の共有財産となるため、全員に固定資産税の連帯納税義務が生じます」などと書いてある。この土地には94万4000円の固定資産評価がついた。固定資産税は評価額の1.4%だ。年に1万3200円の税金を払うよう求められた。

「このまま自分の子孫にこの負担を残すわけにはいかない」そう考えた男性が自治体に相談すると、隣の農家が引き取ってくれるという。しかし、農家に土地を譲るためには、男性がいったん所有者にならないと契約ができない。

ところが、誰も相続をせずに70年以上放置してきたことで、相続権がある子孫は38人にも増えていた。男性名義にするためには38人全員の同意が必要だ。親戚といっても、会ったことさえない人もたくさんいた。2013年12月に全員に手紙を送り、半年で35人の同意は得られたが、3人からは返事さえ来なかった。

残された手段は裁判しかない。やむをえず男性は親戚38人を相手に、土地の名義を変えるための訴訟を松山地裁で起こした。裁判の結果、名義変更はようやく認められた。こうして土地を譲渡できたのは2016年6月だった。この間、弁護士費用や登記費用などで計130万円もかかった。固定資産税の100年分だ。

増える持ち主不明の不動産

亡くなった親族の土地に利用価値を見いだせず、相続の手続きをしない人や相続放棄をする人は後を絶たない。相続人がわからなくなった不動産には、家庭裁判所が相続財産管理人をつける。その数は、2005年度の約1万1000件から2015年度には約1万9000件と、ほぼ倍増した。

乗用車がようやく1台通れる細い道を抜けて、広島県の山奥のある集落に着いた。その集落を見渡す丘の中腹にある農家の土壁は崩れ、縁側の障子が破れて風に揺れていた。ここに1人で暮らしていた男性は10年ほど前に88歳で亡くなったが、相続する人はいない。

相続する人がいない財産を管理する相続財産管理人は、家庭裁判所が弁護士や司法書士を指定することが多い。不動産が売れれば、管理人は報酬を取ったうえで国庫に納めるのが通常の流れだ。しかし「売るに売れない不動産」は、管理人の手にも余る。

この空き家の管理人になった司法書士によると、土地に約100万円、家に約7万円の固定資産評価額がついており、ほかに田畑や山林もある。司法書士は、男性が残した約150万円の預金の中から年約1万円の固定資産税を払い、草を刈るなどの管理をして、売れるのを待っている状態だ。

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