広島県

発信拠点から宣言。広島はイノベーション県

10年後を見据え誕生したイノベーションハブ

政府は2020年までに名目GDP600兆円達成を目標に掲げている。この可能性に関してはさまざまな議論があるが、少なくとも成長の鍵を握る要素のひとつが「地方経済」であることは間違いない。なかでも広島県は「イノベーション立県」を掲げ、その注目度を増している。プロ野球や映画だけではない、広島県独自の施策がなぜ注目を浴びているのか。上の写真は新しく誕生したイノベーションの発信拠点だ。現場担当者の取材から見えてくる施策を紹介する。

広島の可能性

広島県には、世界遺産の厳島神社や原爆ドームがあり、その厳島神社はミシュランガイドで三ツ星を獲得するなど、観光県として国内外から人気が高い。また、昨年のオバマ大統領の訪問や広島東洋カープの優勝など、何かと注目を集める機会も多い。ただ、同県の魅力は観光だけではない。古くからものづくりの県として知られている。熊野の化粧筆はもはや世界ブランドであるし、鉄の生産でいえば「安芸十リ」(針、イカリ、ノコギリなど〈リ〉のつく代表的な10の鉄製品)と言われる鉄製品の生産技術が、その後の造船などの重工業の礎となっている。さらに言うならオタフクソースやマツダ、カルビーなども広島発祥だ。同県のポテンシャルはいまでも多くの企業の生産の場として脈々と息づいている。

その広島県が、イノベーションを打ち出した。2010年のことである。きっかけは2009年11月に広島県知事に就任した湯崎英彦氏がイノベーションによる価値創造という視点から「新たな経済成長」を施策の柱に据えたことに始まる。

上丸 敦仁
広島県商工労働局 イノベーション推進部長 経済産業省から広島のイノベーションのために赴任。数年先を見据えたビジョンを局内で共有し、取りまとめるキーマン。

広島県は、同県の目指す姿を示すビジョンとして「ひろしまチャレンジビジョン」を掲げ、その柱としてイノベーションを打ち出している。広島県のイノベーション推進部長の上丸敦仁氏は「現知事の湯崎はITベンチャーの立ち上げやシリコンバレーでベンチャーキャピタルに携わった実績があり、就任時から出身地の広島を変えたいという強い思いを明確にされていました。そしてイノベーション立県に向けての起点となったのは、2011年の〈ひろしまイノベーション推進機構〉の設立です」と語る。

ひろしまイノベーション推進機構はいわゆるファンドだ。官民で出資された100億円超の規模で、リスクをとって企業を大きくしていく。この規模のファンドが一地方で機能する例はほとんどない。

「私たちは"ものづくり"の県という歴史の土台から生産県構想を掲げた時代もありました。しかし高度成長期に企業誘致や工場の拡大は進んだものの、成熟した時代を前にして、ここからどうしていくのかという視点が必要になりました。新たなビジネスを生む環境が必要なのです」(上丸氏)。

拠点、そして施策。官と民の掛け算が生まれる

では、広島県は具体的に何をしているのか。上丸氏は「ファンドを活用した事業化という柱と、従来のやり方とはちょっと違う、例えばデザイン思考を取り入れるとか、ハッカソンやアイデアソンをやるとか、すそ野の拡大にも寄与する取り組みなど、同時進行で手がけています」とし、「実績を積み上げていくことで、さらにイノベーションに変えていくための交流拠点が必要になった」と言う。

それが〈イノベーション・ハブ・ひろしまCamps〉という拠点だ。

広島市中心街の「紙屋町」にできたイノベーション発信拠点〈イノベーション・ハブ・ひろしまCamps〉。「分かりやすく目に見えることも大事だった」(上丸氏)という言葉のとおり、広島市内メインのショッピングストリートに隣接するという好立地から情報を発信する。

「県の施策を可視化し、公の役割として場を整えることが必要だった」(上丸氏)というこの場所は、2017年3月24日に開設された。さっそくイノベーションに関する様々なイベントで予定が埋まる。上丸氏によれば、イベント参加者は年間約1500人と見ているが、県のイベントだけではなく、多方面で協力関係にある大学や地元有力企業など、同じようにイノベーションをここから起こしていくことに賛同するパートナーとの取り組みも実施されている。実際には1500人よりもはるかに利用者は多くなるだろう。

イノベーション・ハブ・ひろしまCampsではどんなことが行われているのか?
ひろしまイノベーションリーダー養成塾共に学び共に鍛える、未来を拓くリーダーの登竜門
広島県が目指す「イノベーション立県」の実現に向け、日本を代表する講師陣が、実践的で体系的なカリキュラムを通じ、育成する取り組み。学び、考え、そしてイノベーション戦略を創り上げる18日間の学びの機会。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(KBS)などとともにつくりあげる。第3期に突入したこの回からイノベーション・ハブで行われる。
イノベーターズ100(ハンドレッド)イノベーターを生む「斜めの関係性」
「イノベーターズ100」は、県内の様々な企業から推薦された若手イノベーターたちが組織の枠組みを超え、新たな事業創造を目指して切磋琢磨する実践プログラム。実績ある講師をファシリテーターに、一流の先輩イノベーターをメンターに迎え、約4ヶ月のプログラムを通じて「イノベーション立県」広島の実現を目指すもの。
多様なセミナーたとえばGoogleの場合
広島県はグーグル社が主催する地域経済を活性化する新たな取組「イノベーションジャパン」に、地方自治体として唯一のローンチパートナーとして参加し県内のスタートアップ企業育成強化を図っている。その連携の一環として「グーグルと実現する店舗集客のデジタル化」など定期的に実践的なセミナーが実施されている。
アイデアソン県との協力関係から実現する企画群
広島県と広島銀行は,『お金にまつわる新しいサービスを作ろう!』をテーマとして,多様な参加者が新しいアイデアを出し合うアイデアソンイベント「YEN HIROSHIMA(えん ひろしま)2017」を開催。
ワークショップ企業や大学との連携で実現する
イベントスペースやワークショップエリアを備えるこの拠点は、さまざまなワークショップの開催にも適している。取材当日にも「イノベーティブ思考ワークショップ」が行われていた。このワークショップは慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の石橋金徳特任教授が講師となって行うもので、シャープによって開発された「ロボホン」という携帯型ロボット電話を題材に「デザイン思考とは何か?」について参加者が実践的に学んでいた。学生から社会人まで様々な年代の参加者がいるのが印象的なワークショップだった。そのほかにも拠点に備え付けられた3Dプリンターを使ったワークショップなど様々なワークショップが計画されている。

このほかにもさまざまな取り組みが行われる。「広島は東京などと違い、都会と田舎が近く、田舎の自然を満喫しながら都市機能も享受できる環境にあるということはよく言われます。その広島なら地方であってもレベルの高いプログラムが受けられる。グーグルさんとの取り組みは画期的ですし、イノベーターズ100は広島の歴史ある企業の若手社員が鍛え上げられどんどん育ってきています。また、県立広島大学に中四国で初の学内でMBAを立ち上げるなど、拠点と連携するさまざまな施策もあります」(上丸氏)。

地方発のイノベーションを考えた時、地方の有力都市に実践的な学びの場や情報の発信拠点があるのは理にかなっており、また、利便性を考えても広島という都市が最適な場所であることも確かだろう。「ここに新たなエリアができました。そしてイノベーションリーダー養成塾からアイデアソン等にいたるまでイノベーションハブの多彩な事業をここでやっていく。ここからイノベーションが加速します」(上丸氏)

広島県の取り組みは、創業率でいえば、平成31年(2019年)までに10%という国の目標と同じレベルにマイルストーンを置いている。それも可能ではないかという気にさせてくれる場所だ。

〜ここで広島に関係の深い、成長企業を2つ紹介しよう〜
株式会社ドリーム・アーツ(本社:東京恵比寿/広島)

創業20年を迎え、大手企業を中心にITソリューション、グループウェアなどを提供するドリーム・アーツは、2016年末に広島の中心部、原爆ドームに隣接した広島の新しいシンボルである〈おりづるタワー〉に広島本社を開設した。同社の山本孝昭社長は広島出身。大学まで同県で過ごされた。東京で大手企業を経て独立され、直後から地元広島にラボを設置するなど、東京と広島のつながりを重視してきた。

山本 孝昭
株式会社ドリーム・アーツ 代表取締役社長 いま広島本社は20人。これを100人にまで大きくしたいと熱く語る。

「弊社は優秀な人材が集まり、ナショナルクライアントの高い要望に応えてきました。しかし、これから先のビジネスを見据えるうえで大きな課題の一つに人の問題があるのです。一極集中する都市部で人を集めるのには限界があります」(山本氏)。創業当初から故郷広島と東京の2拠点を設置していた同社は、一歩先んじていたと言える。「広島は地元ということだけでなく、伝統あるものづくりの土地、陸と海の交通、都市機能がコンパクトに集約された場所。地方の時代と言われる転換期に、一歩先んずるこの第二本社化はベストな選択です」と力強い。成功を得た企業家として広島にとっては頼れる存在だ。

株式会社ポータブル(本社:広島)

ポータブルは広島のベンチャーのなかでも、凄まじい勢いで伸びている企業だ。同社のサービスは、限定された場所と販路でしか流通しない「水産資源」をマーケットプレイス化するというものだ。

板倉 一智
株式会社ポータブル代表取締役 このサービスで「世界」を視野に入れている。

全国の漁港と地方、中央卸市場の垣根を越えて魚を流通させるこの仕組みは、大きな可能性を秘めていると板倉社長は熱く語る。「私は松葉ガニで有名な鳥取の網代港の近くで育ちました。周りはほとんど漁業従事者というなかで、漁獲量の減少や魚種の価格変動に悩む姿を目にしてきました。何かを変えなければと思ったのです」。結婚を機に広島へ。そこから快進撃の始まりとなる。築地、広島など各地の水産業者へのヒアリングに始まり、そこから1年で立ち上げた。競争優位性のある画期的な仕組みで一気にサービスの利用者を増やしている。「水産業の新しい常識をつくりました。これからは魚の鮮度まで判断できるAIの導入など、さらに進化させていくつもりです」(板倉氏)

広島の未来へ向けて

イノベーション・ハブ・ひろしまCampsという場所が広島の新しい拠点となったが、これのみで同県の発展が約束されたわけではない。特に少子高齢化の問題は他県と同じ悩みを持つ。

「広島の人口のボリュームゾーンは50代から60代。企業人として能力のある方にもっとイベントなどに参加していただき、また、U、I、Jターンを含めた若者たちとの協力による活性化を期待します。あとは広島の外の人たち。県外はもちろん、広島に興味を持ってくれた海外の人も。さまざまな小さな壁を取り払って彼らをつなげるのが私達の役目です」(上丸氏)。

行政の役割は変わった。「人もインフラであるとの発想からどう人に投資していくのか」(上丸氏)という視点を実際に形にしていくのがこの場所ということだろう。

広島の今後の動きに注目していきたい。

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