トランプが北朝鮮を攻撃できない6つの理由 むしろ危険なのは偶発的な軍事衝突だ

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しかるに、中国による解決方法は、まだ尽くされていない。この方法が真に有効かについては、意見が一致していない。米国としては、中国が問題を解決できるとの立場であり、一方で中国は、努力しているが限界がある、と主張している。そうした中国の姿勢に米国は不満だ。この方法が重要であることは、米国や米国を含めた関係国間に、広くコンセンサスがある。今後も米国は中国による解決の実現を求めている。

では、トランプ大統領やティラーソン国務長官の「中国が協力しないならば米国だけで行動する」というのは、どう解すべきか。これは話し合いによる解決か、軍事行動による解決なのか。世界の目は軍事行動に向いているが、米国はいずれとも言っていない。

トランプ政権はシリア攻撃によって、「必要ならば決断する政権」であることを印象づけたが、軍事行動の危険性は認識していると思われる。その理由を述べる前に、直接の軍事行動の是非を検討した前例を見ておこう。

1994年、北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)から脱退すると言い出し、核開発の危険が生じてきた。そこで米国は北朝鮮に対する軍事行動についてシミュレーションを行い、その結果に基づいて、ペリー米国防長官はクリントン米大統領に、「朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日間で米軍兵士の死傷者は5万2000人に上る」という見通しを報告した(『二つのコリア 国際政治の中の朝鮮半島』ドン・オーバードーファー著、菱木一美訳)。これは米政府として許容範囲をはるかに超える損害であり、結局、核の先制攻撃を含め軍事力を行使する決定は行われなかった。

米兵の犠牲は今なら数十万人の想定も

ならば現在はどうか。武力攻撃は選択肢になりうるのか、非常に疑問である。以下がその根拠だ。

第1に、北朝鮮の軍事能力は核とミサイルの開発などによって、1990年代とは比較にならないくらい強大になっている。クリントン元大統領時代と同様のシミュレーションをすれば、米国兵の犠牲は何倍、あるいは何十倍にもなるだろう。

第2に、朝鮮半島で米国と北朝鮮の軍事衝突が起これば、必ず韓国が巻き込まれ、壊滅的な打撃をこうむる。北朝鮮・平壌と韓国・ソウルの距離は約200キロメートルにすぎず、攻撃するのにミサイルは必要ではない。北朝鮮は直接ソウルに砲弾を撃ち込める性能の兵器を保有している。

第3に、日本にも被害が及ぶであろうし、そうなると、日本としても単純に米国の決定を支持するとは言えなくなる。少なくとも、軍事作戦の開始以前には、反対せざるをえなくなることもあろう。また、実際に軍事衝突が起こった場合、安保法制によると、自衛隊を朝鮮半島に派遣せざるをえなくなる可能性も出てくる。

第4に、中国も間違いなく反対するだろう。

第5に、米国内でも反対意見が強いと思われる。反対論の根拠として挙げられそうなこととして、米国は現実に被害を被っていないこと、中東に比べて北朝鮮問題の優先度は低いこと、全面戦争に発展して米国も核攻撃される危険が生じてくること、などが挙げられる。手段をまだ尽くしていないのに軍事行動に出ることには、特に強い疑問が呈されるだろう。

第6に、先に攻撃すれば、米国が64年前に結ばれた朝鮮戦争の休戦協定に違反することとなる。国際連合においても、安全保障理事会のお墨付きを得るのは、中国やロシアが反対するので、まず不可能と見るべきだ。

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