紀尾井ホールを作った会社を知っていますか

「フジセイテツコンサート」から続く伝統

2016年5月26日に行われた紀尾井ホールの運営団体である公益財団法人 新日鉄住金文化財団による記者会見の場では、以下のような理由が語られている。

「シンフォニエッタという名称は一般の方々にはなかなか理解されにくいうえに、通常のオーケストラに近い編成を持つこの団体にはそぐわないと認識しました。そこで、国内外を通じてすでに高い認知度を持つ紀尾井ホールの名を冠することによって、ホールとの一体感や求心力を高めたいと考えたのです」

確かに「紀尾井ホールがあって室内オーケストラがある」という結び付きは重要だ。そしてその背景には新日鐵住金株式会社の存在があることを考えれば、「社会貢献・企業メセナ」を旨とする企業のアイデンティティから今回の変更の意味が浮き彫りになる。そして、紀尾井ホールの原点でもある「新日鉄コンサート(フジセイテツコンサート)」の歴史をひもといてみれば、そのあたりの流れはさらに明確になる。

すばらしき「新日鉄コンサート」の思い出

1955年にスタートしたラジオ番組「フジセイテツコンサート」は、1970年の富士製鐵と八幡製鐵の合併により、新社名の新日本製鐵(現新日鐵住金)の名を冠した「新日鐵コンサート」へと改名され、ニッポン放送をキーステーションとして2005年まで続けられた長寿番組だ。

「良質なクラシック音楽を幅広い人々が聴ける機会を」というコンセプトのもと、当時は珍しかった“無料の公開コンサートを開催&収録”するというスタイルは、「題名のない音楽会」などの先駆けだといえる。番組初期の常連として、当時学生だった小澤征爾率いる桐朋学園オーケストラなども出演団体に名を連ねていた。この「新日鉄コンサート」の存在が日本を代表する音楽家を育てる契機となったことは間違いない。

定期演奏会も100回を超える(写真提供:紀尾井ホール)

番組開始50年を記念して制作されたアルバム『新日鉄コンサートの歴史』に収められた演奏者たちの顔ぶれは、まさに“日本クラシック界の歴史”を見るような充実ぶり。その延長線上に存在する紀尾井ホールは、企業としての社会貢献・企業メセナ活動のシンボルであり、ホール付きのオーケストラは、それを推進するためのエンジンであるといえそうだ。

さて、改称された「紀尾井ホール室内管弦楽団」は何を目指し、どのような方向に進むのだろうか。多彩な指揮者や共演者たちとともに積み重ねてきた定期演奏会も100回を超え、地方公演や海外公演、東北被災地支援などの活動も積極的に行ってきたことは、この20年間の大きな成果に違いない。

その一方で、若手実力者をそろえてスタートしたメンバーの平均年齢が50歳を超え、それぞれ業界の重鎮として活躍する反面、将来を見据えた若返りの必要性も求められる。今回新たに経験豊かなライナー・ホーネックを首席指揮者に迎えることによって、紀尾井ホール室内管弦楽団ならではの熟成されたサウンドはそのままに、さらなる高みを目指すことは、“メンバー全員の思い”でもあるという。それは単に演奏だけのことではなく、オーケストラの自主運営を旨とする組織全体にかかわる目標として見据えているようにも感じられる。

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