「人を好きになる感覚」はこうしてよみがえる 結婚はビジネスのマッチングではない

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お互いに誘い合って食事に行くようになり、カレー好きの俊之さんの提案で激辛カレーを一緒に食べた。辛さが後から込み上げてきて苦しんでいる秀美さんを見て、俊之さんは腹を抱えて笑った。デートの楽しさに年齢は関係ないのだ。

「ただいま」と帰ってくる人がいるのは幸せ

「8月に彼のアパートが更新のタイミングだったので、その前に別のところに引っ越して同棲し、年明けに入籍しました。彼の自転車屋と私の接骨院は東京の反対側なので場所は少し迷いましたが、結婚生活は今のところうまくやっています」

新居は中間地点からやや秀美さんの接骨院寄りにある。俊之さんは1時間以上かけて自分の店まで通勤しているが、親身になってくれる既婚の仲間からは再び忠告をもらっている。

「奥さんの店は動かせないのだろう。だったら、自分の店を移転しろ。せっかく結婚したんだから、店よりも奥さんとの生活時間を大切にしたほうがいい」

接骨院の患者は体が不自由な老人も多いため地域密着にならざるをえない。一方で、自転車店のお客さんは基本的に元気だ。俊之さんの店には「競技志向」の客も少なくない。自転車の品ぞろえとサービス次第では、店を移転しても自転車で来てくれる可能性もある。俊之さんは今、店の移転をのんびりと検討中だ。

そんな俊之さんを秀美さんはうれしそうに見守っている。「料理は好きじゃない」と言いつつ、俊之さんの健康と節約のために毎朝お弁当を作っているという。

「なんだかんだと文句を言うことはありますが、『ただいま』と帰ってくる人がいるのは幸せですね。私がつらいときは、彼がご飯を作ってくれます。長く使っていて愛着があった自転車も彼が直してくれました。どの自転車屋でも修理を断られたので、うれしいです……」

フレームさえしっかりしていれば部品を取り換えれば使える、新車を買ったほうが安くつくけれど愛着があるなら仕方ない、自分が持っている部品も適当にはめてしまった、と俊之さんは平然と語る。こんな伴侶がいたら、誇らしくて頼もしいだろう。ここで秀美さんは気を取り直したような表情で俊之さんにくぎを刺した。

「修理の費用はちゃんと請求してね。仕事は仕事だから!」

秀美さんは俊之さんの体をプロの目線でメンテナンスしてあげているはずだ。ならば、自分の自転車ぐらいはいくらでも無料で直してもらっていいのではないだろうか。

2人の結婚生活は始まったばかり。それぞれの自立を前提に、部分的には甘え合い支え合える関係性が深まっていくに違いない。

大宮 冬洋 ライター

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おおみや とうよう / Toyo Omiya

1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリングに入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。著書に『30代未婚男』(共著、NHK出版)、『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『あした会社がなくなっても生きていく12の知恵』『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ともに、ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代の幸せのつかみ方』 (講談社+α新書)など。

読者の方々との交流イベント「スナック大宮」を東京や愛知で毎月開催。http://omiyatoyo.com/

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