アルゼンチン流のサッカーが「世界的」なワケ 「超一流」選手、監督を輩出し続ける国の流儀

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当たり前の話だが、欧州、南米といったサッカー大国では、よほど優秀でないかぎり自国の監督を選ぶ傾向がある。他国出身者はよりわかりやすい「良い結果」が求められ、「ダメだ」と見切られるジャッジも早い。だから、アルゼンチン人が他国の代表チームの指揮を執るのは、いくら見慣れた光景となっても、やはり"異常事態"なのだといっていい。

プライドを捨ててまでアルゼンチン人を抜擢する例が増加しているのは、その優秀さを裏付ける有力な証拠だろう。では、なぜアルゼンチンというブランドがサッカー界を席巻しているのか。

アルゼンチンとブラジル、育成法の「違い」

アルゼンチンを含めて、南米サッカーの強さを表現する際に代名詞となっているのが「ハングリー精神」という言葉だろう。実際に筆者も、南米でプレーしてきた日本人プレーヤーをインタビューした際に、最もよく聞いたのが「ハングリーさに驚いた」という声だった。だが、それは確かに強さの一部ではあるが、すべてではない。

日系人として初めて、監督、コーチとしてアルゼンチンサッカー協会で12年間代表チームとかかわってきたホルヘ川上氏は、代表チームにもかかわり、ディエゴ・シメオネとも交流を持つ、アルゼンチンサッカーに精通する人物だ。アルゼンチンから日本に渡り、現在はサッカースクール「スペシャルアスリート」で指導を行っている。ホルヘ氏は言う。

「アルゼンチンでも、サッカー選手すべてが貧しい家の出というわけではありません。だから、すべてをハングリーという言葉で片付けることはできないと思います。ただ、成功している選手に共通しているのが、『環境に適応する能力』が極めて高いこと。堅守速攻のサッカーが主流になっている時代の流れが、アルゼンチンのサッカー文化にマッチしているのも大きいですが、適応力の高さは見逃せない点でしょうね」

アルゼンチンは、つねに隣国であるブラジルと比較されてきた。ブラジルを倒すために紡がれてきた歴史が、現代サッカーのトレンドに合致したという考え方も可能だ。ホルヘ氏は、実戦経験の多さも「環境適応力」を高めていると分析する。

「アルゼンチンでは、とにかく試合の回数が多い。大小問わず、週に何度も試合が組まれます。練習で飛び抜けてうまくても、実戦で活躍できないハートの弱い選手は使われません。監督の進退もかかっているからです。小さな頃からつねに強いプレッシャーのかかる文化の中でサッカーに向き合う必要がある。それが、どんな環境でも活躍できる要因になっているのだと思います」

2010年ごろから日本の育成現場ではスペイン代表やFCバルセロナを模範にしたパスサッカーに傾倒する指導者の数が圧倒的に増えた。その結果、全体的な技術レベルは上がったかもしれないが、個性あふれる選手の台頭を見る機会が減ったという声も耳にする。

ホルヘ氏を日本に招いた元Jリーガーでサッカー指導者の稲若健志氏は、レアル・マドリードと深い関係を持ち、現監督のジネディーヌ・ジダンとも旧知の仲だ。稲若氏は「今の日本の育成に必要なのは、『負けないこと』と、メンタル面を重視するアルゼンチンの指導法だと思っています」と言う。

現役の日本人選手からも話を聞いてみよう。2007年に、アルゼンチンの1部リーグ・CAウラカンのトップチームに所属した経験をもつ日本人選手の加藤友介(現在は香港リーグ・南華に所属)は、アルゼンチンサッカーとの出会いが自身のサッカー観を変えたと話す。

「アルゼンチンでのプレッシャーやデイフェンダーの屈強さは、日本の感覚に慣れていた僕には衝撃的でした。観ている人にとっては華麗なプレーが少ない肉弾戦の連続で、つまらないと思う人もいるかもしれません。ただ、サッカーの本質とは"戦う"こと。アルゼンチンからメッシやマラドーナのような怪物が出てくるのも、やるかやられるかという環境に身を置いてみると納得できるものでした」

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