「3万年前の航海」をどうやって再現したのか 国立科学博物館のひみつ

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成毛:当時も草で作った舟だったのですか。

海部:それはわかりません。伝統的な舟は皆、植物で作られているので、遺跡として残らないからです。

成毛:石器は残っても、木工具みたいなものは新しいものでないと残りませんものね。

海部:当時はもちろん、他の地から持ってはこられないので、おのずと現地で調達できる植物で作ったと考えられます。

成毛:丸木舟とか、竹筏(てっぱい)の可能性はありませんか。

海部:丸木舟を作るには、大木を伐採してくりぬく必要があります。そのためにはおのが必要ですが、今のところ台湾や沖縄の古い遺跡からはそういったものが見つかっていません。その点では筏はありえますが、ただ、草舟ほどスピードが出ないので、黒潮を乗り越えることはまずできないと思います。

成毛:それで草舟だったんですね。今回のプロジェクトでは、与那国島を出発し、途中で潮に流されてしまったために併走船に曳航してもらうというプロセスを経て、西表島に到着していますね。

海部:当初のプランのようにはいかなかったので失敗と言ってもいいと思います。

成毛:でも、失敗して良かったという言い方は誤解を招きそうですが、きっと3万年前の人たちだって、いきなり成功はしなかったでしょうし、われわれのようなサイエンスファンは、実験とは失敗を重ねて最後に成功するか、成功しないままであるものだと思っているので、最初から成功してしまったら、まゆにつばをつけていたかもしれません。

ところで今、航海に使った草舟はどうなっていますか? 草刈りから始めて手作りしていたものですし、科博で展示の予定はあるのでしょうか。

海部:海水を吸って重くなってしまったので、向こうに置いてきました。1度の航海で役目を終えるのは、草舟の宿命のようなものです。

祖先たちを知りたい

成毛:プロジェクトには海部先生のほか、どんな方々が参加したのですか。

こぎ手にこぎを指導(写真:国立科学博物館提供)

海部:詳しくは公式ホームページをご覧いただきたいのですが、研究者でいえばまず人類学者や考古学者です。僕のように人骨化石の形態学が専門の人もいれば、石器の専門家、DNAの分析をする人もいます。それから、人口動態をシミュレーションする数理生物学者、海流変動の専門家、伝統的な舟の研究をしている海洋民俗学の専門家などがいます。また、草舟職人や海洋探検家にも加わってもらいました。どうやって舟をこいだらいいかは研究者ではわからないし、無理なので。今回、プロジェクトの頭に「徹底再現」という言葉をつけたのには、このように包括的に取り組むという意味を込めています。

成毛:だいぶ横断的ですね。

海部:僕は人間を知りたいので人骨化石を研究してきましたが、知りたいことがあって、そこに自分以外の専門知識が必要だとしたら、できる人と協力すればいいとシンプルに思っています。それから、こぎ手には地元の方にも参加してもらっています。

成毛:今回は、クラウドファンディングという仕組みを使って、プロジェクトにかかる費用を集めたのも特徴的だなと思うのですが、どうしてクラウドファンディングを選んだのですか。

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