アドビが「感情は体験の通貨」と説く深い理由 「顧客体験中心ビジネス」のあるべき姿

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1)文脈を出発点とする

同じデータでも、文脈が違えば、意味が変わる。人間が直感的に行っていることを、きちんととらえなければならない。

2)デザインは、スピードとスケールを意識する

顧客との接点は、経験を提供するうえでのきっかけとなるが、誰の、どんな文脈に対して、どんなメッセージが必要かを考えなければならない。世界中の人々の一人ひとりに対して、適切なコンテンツを提供することを目指すため、スピードとスケールが求められる。

3)1000分の1秒で起きる判断に対応する

顧客や企業を取り巻く多くの物事が、瞬時の判断の積み重ねによって構成されていることを理解し、企業もそのスピードに対応した判断を行える態勢を作り上げることが求められる。

4)イノベーションが起きる組織に

そのため、組織の枠にとらわれず、イノベーションが起き、それを加速させる組織作りが求められる。CEOから新入社員までが、顧客体験に責任を持つ新しい働き方を構築していく必要がある。

Adobeは前述のように、マーケティングソリューションを「Experience Cloud」へと昇華させたが、そこには「企業の中での働き方が変わらなければ、顧客体験中心ビジネスは実現できない」という問題の解決に取り組んだ結果だった、と理解することができる。

人々の感情を揺り動かすことを狙うべき

最後に、基調講演の中で非常に印象に残った言葉をご紹介しておこう。それは「顧客体験の通貨は人々の感情だ」というものだ。この言葉を紹介したのは、2日目に登場したアドビのアライアンス・ストラテジー・マーケティング担当副社長、ジョン・メラー氏だ。

機能や結果ではなく、人々の感情を揺り動かすことを狙うべきで、手に汗握り、目を見開くような、感情的な反応を作り出せるかどうか。クリエーティブの世界でこれを追究しているアドビならではのアイデアだ。これを計測可能にする実験も紹介され、今後、人工知能を用いてクリエーティブに反映させる取り組みについても期待できる。

「感情は体験の通貨だ」と説くアドビのジョン・メラー氏(筆者撮影)

事例紹介でも、感動的なシーンをいくつも目にすることができた。

バスケットボールの試合観戦で選手とハイタッチした男の子が、その手をずっと挙げて、生活している様子が描かれる。そして次に見に行った試合では、同じように手を挙げて過ごしてきた女の子と隣の席になり、興奮した2人はその手を握ってプレーをたたえる。

NBAが制作したコマーシャル「Hands」では、バスケットボールの試合の周囲にある人々のストーリーに焦点を当て、感動を与え、ロイヤルティを高めるプロモーションとして成功した事例と言える。

また、T-Mobileは、携帯電話業界に対して人々が抱いていた疑問や不満を、「一緒にたたきのめしていこう」という挑戦を共有し、そのメッセージに対する共感、あるいはそれより強い爽快、痛快、達成といった感情を作り出した。同社はCEOのジョン・レガー氏も顧客とTwitterでコミュニケーションを取るなど、経営陣も顧客との接点の最前線に立っている。

基調講演に登場したT-Mobileのデジタル担当上級副社長、ニック・ドレイク氏は、「デジタルカンパニーは顧客中心であり、体験に取りつかれている存在だ」とし、イノベーションを、顧客体験向上のために加速させると語った。

人々の感情を揺り動かす企業が勝ち残る。そんなトレンドをとらえ、いかに対処するか。非常にたくさんの企業が事例を紹介するAdobe Summitだが、おそらくマーケッターとして仕事をしていない人にとっても、身近で、納得できる話が多い講演だった。

あらゆる人にとって、顧客体験は「自分事」であり、そのメカニズムと対処を解き明かす好奇心をそそるテーマとなるだろう。

松村 太郎 ジャーナリスト

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まつむら たろう / Taro Matsumura

1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。著書に『LinkedInスタートブック』(日経BP)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、監訳に『「ソーシャルラーニング」入門』(日経BP)など。

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