リクルートホールディングス

まかせる、を成果につなげる二人のリーダー リクルート×気仙沼ニッティング

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創業以来、人材・販促領域で常に新しい価値を創造し、近年は海外展開も著しいリクルート。そして、国内外から注目を集める手編みニットの会社、気仙沼ニッティング。成り立ちも業種も規模も異なるが、両者の好調な成長を支える共通点がいくつか存在する。「個を活かす働き方」について、リクルートグループの海外展開の先駆者である経営企画室室長 舘康人氏(左)と、コンサルティング会社からブータンにて首相フェローも務めた気仙沼ニッティング代表取締役社長 御手洗瑞子氏(右)に語ってもらった。

制約条件から導き出す、たった一つの正解

舘康人氏(以下、舘) 気仙沼ニッティングは、東日本大震災後に設立され、5年目を迎えられますね。

御手洗瑞子氏(以下、御手洗) 震災後の東北を見て強く感じたのが、「仕事がない状況は人の自尊心も奪ってしまう」ということでした。仕事をすることで「ありがとう」と言われてやりがいを感じ、同時に自分の暮らしを支える。その状況を取り戻せるよう、一時的な支援ではなく、働く人が誇りを持てる仕事を持続していける形で作ろうと、2012年に事業を開始しました。

気仙沼ニッティングの商品第一号は、地元の編み手さんが手編みで仕上げるオーダーメードのカーディガン MM01。価格は15万1,200円と決して安くはないが、現在でも250人待ちという人気を誇る。編み手さんは60人に増えている

気仙沼では現在も工事が行われていますが、2012年頃はまだ陸に打ち上げられた漁船があるような状況でした。事業を始めると言っても場所もありません。そこで、「編み物なら毛糸と編み針があればどこでもすぐできるだろう」と考えたのです。

:限られた条件から生まれたものであると。

御手洗: 気仙沼ニッティングの事業は、制約条件から生まれたとも言えます。「場所も設備投資もいらない事業でないと始められない」「日本は人件費が高いから、きちんと賃金を払うには思いきりハイエンドなものをつくる必要がある」という具合に。編み手さんは出来高制で、週に1度集まってトレーニングや検品を受ける以外は、基本的に自宅で仕事をしています。というのも、地方では介護や子育てを家庭で担うケースが多く、女性は家を離れにくいんです。「それでも仕事をしたい」という女性に働いてもらうにはどうしたらいいかを考えて、今の形になりました。

:差別化としての手編みのオーダーメードが商品の価値を上げた。それも制約条件から生まれたものであり、御手洗さんは一つひとつの制約条件から文字通りオーダーメードな「解」と、ビジネスとしての全体統合をなさったのではないでしょうか。

御手洗瑞子
気仙沼ニッティング代表取締役社長
1985年生まれ。東京大学を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2010年9月から1年間、ブータン政府において初代首相フェローを務め、産業育成に従事。2012年に宮城県気仙沼市で、持続的な産業を育成しようと「気仙沼ニッティング」を立ち上げる。2013年に法人化し、初年度から黒字を達成した。

御手洗:そうかもしれません。例えば、行政の方が「気仙沼ニッティングを一つのモデルとして横展開しよう」と考える人もいます。でも、それだけではきっとうまくいかないでしょう。地域によって特質も課題も異なるからです。「地域の状況を踏まえて課題解決できる人が、その地域に行く」というのが正しいアプローチだと思うんです。

:各地の経営戦略も、結局はオーダーメードで作り上げるものの一つでしかありませんよね。

御手洗:そう思います。リクルートさんは海外戦略として「統合しないM&A」「指標は売上ではなく営業利益率の改善」などを挙げていらっしゃいますよね。それらはどのようにして導き出されたのですか?

一人ひとりの個性を認めることで共に働くことができる

現在、リクルートの海外売上高比率は35%*。2012年3月期以降、M&Aを加速し5年で19倍となっている。この数字の伸びを支えているのが、同社が掲げる「統合しないM&A」だ。被買収企業の経営陣をそのまま残して権限を移譲し、日々の事業運営を一任。リクルートはチェアマンやCEOとして要となるKPIを提示し、経営や事業運営上のナレッジで必要とされるもののみを提供する。(*2016年3月期現在)

:実は、僕自身は「海外だから」とか「中国だから」という前提で考えることはないんです。

御手洗:それは私も同じですね。私も、マッキンゼーでも気仙沼でも、同じように人と接している気がします。地方だから、海外だからではなく、そこで仕事がしたいから行き、そこにいる人たちと一緒に課題解決するという。

舘康人
リクルートホールディングス経営企画室 室長
1978年生まれ。2002年リクルートに入社。人材領域で首都圏中小企業の新規開拓営業に携わったのち、人事部、経営企画部を経て2006年に中国での人材紹介業の立ち上げに参画。以来8年にわたり、アジア展開を指揮。中国全土から東南アジア、インドに事業を拡大した。2015年に帰国し、現職。

:一緒ですね。弊社は大学新聞の広告代理店から始まり、さまざまな分野で事業を行ってきましたが、企業と個人、カスタマーの間におせっかいで入らせてもらい、我々が入ったことでよりよくマッチングされたという成功体験がDNAとなって、「このおせっかいをいろいろな場でやりたい」と思っているだけなんです。

御手洗:日本対海外という二項対立で考えるのではなく、事業ドメインを超えるのと同じように国境も超えて、自分たちの価値を出すということですね。

:ええ。料理に例えると目的はあくまでも「美味いと思ってもらえる料理を作る」こと。「海外だからどの味付けにする」とか、「自分の得意料理だからこの味付けは変えない」とはあまり考えないんです。いろいろな制約条件があるのは当たり前ですし、それを全体の中で最適化していくだけなんです。中国に赴任した時も、現地のスタッフから「中国はこうです」「中国人はこうです」とさんざん言われましたが、「中国流」の戦略を新たに考えたわけではありません。むしろ、日本人と中国人に共通する部分がたくさんあるんですよね。ですから、マネジメントでは、日本人と中国人の違いより、共通部分に軸足を置くことが大切だと。

リクルートが徹底する海外戦略の重要な価値観だ。

そして、違う部分は楽しめばいい。それに、リクルートでは「人の個性や個別性を前提とした働き方」は、初歩中の初歩のデフォルト。海外でも画一的なマネジメントはしないんです。

御手洗:弊社の編み手は、実は選考がないんです。希望者はみんなトレーニングを受けられます。働き方も出来高制なので自由。そのかわり、商品の品質チェックは厳しく、合格しないと納品できません。編み手さんは年齢も経験も違うので、「言わなくてもみんな自然とできるはず」という期待は持ちません。「うちの商品チェックの判断基準はこれです」と明確にしているんです。これは、「チェアマンがKPIや利益率をチェックして、あとは現地に任せる」というリクルートさんの発想と似ているのではないかと思います。

:極めて似ていますね。任せるからこそ、判断基準はクリアでなければいけないし、ローコンテクストに言語化しないと分かり合えないんですよね。

御手洗:でも、そこが押さえられていれば、現地の人も働きやすいでしょうね。また、どうやったら編み手さんのモチベーションが上がるかについてもよく考えます。やはり、お客さんが喜ぶ姿を見た編み手さんは、仕事のクオリティが勝手にグンと上がるんですよ。「いいものを編んで、お客さんに喜んでもらいたい」という気持ちがわいてくるのだと思います。だから、編み手さんがお客さんのことを感じられる機会を、なるべくつくるようにしています。この「メモリーズ」というお店も、お客様と編み手さんが出会える場になっています。

:わかる気がします。明確なKPIなどは、「ここを通った方が登りやすいよ」というタッチポイントのようなもの。実際にそこを通るかどうかはその人の問題で、その人のエンジンを代わりに積んであげることはできません。国内の採用や人材育成でも同じです。我々は希望者全員に入社いただくことはできないので、「我々にフィットするエンジンを積んでいる人」に来てもらい、その人が常にモチベーションのサイクルを回せるよう、期待をかけます。人事制度や新規事業制度といった仕組みや、企業文化も同じ考え方に立脚しています。その人のスキルや経験だけでなく、「どんな人か」に目を向け、「期待するからこれをあなたに任せます」とエンパワーメントをするんです。

御手洗:それが海外展開する上でも変わらないということですよね。

:ええ。人の評価も日常のコミュニケーションも、「will」「can」「must」の概念で行います。「僕はこれができます(can)」「ではこれをやってください(must)」という、canを提供してmustで対価をもらうのは初歩的な経済ですが、平面的な水平移動でしかない。しかし、「自分はこれをやりたい」というwillがあればその人はcanを広げたいと思うだろうし、会社もその人に対するmustの幅を広げられる。そうすると個人と組織の関係性は立体的で動的なものになりますよね。だから、我々は「あなたのwillを教えて欲しい」と考えるんです。

御手洗:リクルートさんのような大きな会社で、働く人をそこまで深く見ているのは素晴らしいですね。

ビジネスを成功に導くのはマニュアルではなく「思い」

御手洗:リクルートさんは上場企業ですから株主への説明責任も出てくると思うのですが、それらをすべて背負って「統合しないM&A」を貫くのがすごいなと。

:それこそ「will」につながる話ですが、それぞれの分野の事業トップ自身が、海外の買収先選定や買収後の経営を「任されている」からできることだと思います。海外で事業展開する際、「このマニュアルがあるからバリューアップできる」と考えれば、マニュアルに寄りかかって画一的な経営をしてしまうかもしれません。でも、絶対マニュアルなんて存在しない。それぞれの会社や国に合わせた経営を自分で考えてやりぬくわけです。それは、リクルートという企業には「手を挙げた人の思いが成功に導いた成功体験」があるから。ビジネスモデルや外部環境だけではなく、「この人が手を挙げてやりぬいたから花開いた」という成功体験が社内にあるんです。

御手洗:その成功体験が社内で共有されているのが興味深いですね。「元リク」という言葉があるほど、リクルートは人材輩出企業として認識されていますが、今後はさらに経営者のパイプラインの育成と充実を図っていくのでしょうか?

:「元リク」になるかもしれない人材をリテインできるよう、彼らに場を与え続けなければという緊張感はあります。

御手洗:「立場が人を育てる」という面はありますよね。

:僕も自分が一番成長したのは、北京にいた頃に1億円のPLと格闘した時です。規模に関わらず、自分で会社をすみからすみまで運営すると、1,000億円企業の一部分を担うだけでは味わえないことが経験できます。当時はリーマンショック後でビジネスには辛い環境だったのも良い経験になりました。だからこそ、人に期待し、場を与えることが大切だなと思いますね。そうやって積んだ実績が信用残高になっていく。

御手洗:それはありますね。ブータンにいたときはまさにそうでした。私は外国人だからこそ、周囲に「この人は本当にブータンのためになることを考えている」「この人の言った通りにやったら成果が出た」と信頼してもらうことが大切でした。信頼があって初めて、仕事ができる。

一人ひとりの個別性を尊重し、期待と場を与えることで人材が育ち、それが人脈のパイプラインになっていく。似た価値観と人材戦略論を持つ二人に、最後に今後の抱負と互いへの期待を語ってもらった。

:気仙沼ニッティングさんのニットのすごいところは、それを着る人が、ストーリーに共感し、着るたびに幸せな気分を持ち続けられること。物質的な価値はもちろんですが、それを超えた、まさに「コト」を共有できると思いました。我々はサービスの会社なので、「うちの商品はこれです」と見せることはできませんが、気仙沼ニッティングさんに迫るような「コト」や「ストーリー」を与えられる個人、そして会社になっていきたいなと思います。

御手洗:ありがとうございます。舘さんのお話には、個人として共感するところがたくさんありました。働く人の本質を見て、一人の人間として向き合う。それが企業文化として根付いている会社が世界に広がっていくのは、日本人みんなにとって誇らしいことだなあと思います。

:過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。今日は本当にありがとうございました。

御手洗:こちらこそ、ありがとうございました。

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