日本初LCCピーチ、「5年間の創業物語」の結末

自由闊達だからこそ、ピーチは生き残った

井上氏の考える人材採用の方針は「門戸はオープン。ただ、価値観の共有は強く求める」。それを象徴するかのように、客室乗務員(CA)や間接部門では航空業界出身者が1割にも満たず、出身母体は幅広い。

幹部には回転すし大手「あきんどスシロー」やテーマパーク「USJ」の出身者がいるほか、CAは教師、ラジオDJ、銀行員、保育士、さらに銭湯の番台をやっていたという人までいるという。社員全体の国籍も中国、台湾、韓国、ブラジル、トルコ等々、22カ国とさまざまだ。

さらにピーチの社内には新たなビジネスのアイデアをイントラネット上で募集する仕組みがある。「大喜利」という名の通り、優秀な案には「座布団」が与えられる。承認されれば予算が付く。

「ピーチの価値観に反するもの、つまりチャレンジングでないもの、おもろくないもの、くそまじめすぎるのは全部ダメ。こういうプロセスが企業文化をはぐくむ」と井上氏は話す。

「ピーチは勝ち組になる」

独自の社風で成長を遂げてきたピーチ。今後もANAHDの傘下で独自性を維持することはできるのか(撮影:ヒラオカスタジオ)

LCCの競争は激しくなるばかりだ。特に国内外の競合がひしめく台湾路線は厳しい。多くの便を飛ばすピーチでも単価は下がっている。

多頻度運航で利益を出すLCCの場合、路線拡大を続けるしかない。ピーチは2020年までに保有機材を現在の倍となる35機前後まで増やし、将来的には100機体制を目指す。

「これから30%以上のシェアが伸びる北東アジアのLCCマーケットを早く抑えなければ、他社にやられてしまう。親会社になるANAHDのサポートを受けることで、成長スピードを高められる」と井上氏は言う。燃油や機材の調達、パイロットの派遣などで協力を得る考えだ。

路線を拡大するにも、アジア各国の空港に残された発着枠は多くないが、「すべてのLCCの財務状況が健全なわけではない。いずれ淘汰が始まる。勝ち組になるためには価格だけじゃない差別化をしていかないといけない」と井上氏は冷静に構える。

今年2月には那覇―バンコク線を就航させ、初めて東南アジアへと進出した。「沖縄は彼らから一番近い日本。ここを拠点に東南アジア路線を広げていく。一方で北東アジアは関空から飛ばしていく」。加えて今年夏からは仙台空港、2018年からは新千歳空港も運航の拠点に据える計画だ。

がむしゃらに走り続けた5年の創業物語は、あっという間に幕を閉じた。ピーチの挑戦物語は、ANAHDという「親」、そしてアジアにひしめく「敵」となるLCCと対峙する新たなチャプターへと突入する。浪速の空飛ぶ電車は、一層スピードを上げながら猛進を続けていく。

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