生活保護63歳独身男性を苦しめる腰痛と貧困 定職には付けず週末の日雇いで糊口を凌ぐ

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「“小学生までは女の子のほうが男の子より優秀なこともあるけど、高校くらいになるとだいたい逆転するもの”だって。刷り込みとでもいうんでしょうか。小さい頃、両親からこう言われたことが忘れられないんです」

そういえば、彼はよく「男として」という言葉を口にした。「男として家庭を持つ」「男として経済力があれば」「男としての世間体が」――。現代の若者からは一蹴されそうだが、昭和20年代生まれのタイゾウさんが幼い頃に植え付けられた「男性は女性より優れていなければならない」とも聞こえかねない価値観に縛られたとしても、それは仕方がないことなのかもしれない。一方で、彼は最近、こんなふうにも思うようになったという。

「若い頃に住んでいたボロアパートの隣人で、私よりも稼ぎの少ない男の人でも結婚して子どもを育てている人はいました。あの頃、いくら貧乏でかっこ悪くても、今、彼らには(老後の)面倒をみてくれる子どもがいる。子孫を残してる。世間的に見ても普通。結局は彼らのほうが“勝ち組”だったんだと、この年になってようやくわかりました」

子どもが老後の面倒を見てくれるとはかぎらないし、家族のあり方を勝ち負けで評価することには違和感もあるが、それでも、取り返しのつかない過去を、ただ振り返ることしかできないやるせなさは、少しわかる気がした。

それにしても、タイゾウさんが「まとまったおカネ」を得られず、結婚できなかったのは本当に自己責任なのか。何度かあった正社員になれるチャンスを棒に振ったのは事実だが、彼は決して怠け者ではない。途切れることなく働き続け、特に40歳代半ば以降は複数の仕事を掛け持ちして生きてきた。

1990年代初めまでは「厚生年金」に加入

タイゾウさんが見せてくれた「年金加入履歴」からは、むしろ「雇用の質の劣化」がうかがえる。1990年代初めまでは転職先ごとに「厚生年金」に加入していたことがわかるが、バブル景気崩壊以後は、国民年金加入を示す「第一号被保険者」という記載だけになるのだ。当時は非正規雇用とはいえ、勤務時間は正社員並みであるなど厚生年金の加入条件を満たしていた職場もあった。にもかかわらず、厚生年金への加入履歴がないのは、タイゾウさんの勤務先が保険料負担を避けるため、非正規労働者を厚生年金に加入させなかった可能性が高い。

その後は、短時間の仕事を掛け持ちせざるをえなくなり、厚生年金どころではなくなるのだが、月によっては合わせて30日近く働いたり、身体に負担のかかる夜勤続きだったりもした。にもかかわらず、ボーナスや住宅手当といった福利厚生はゼロ。タイゾウさんが腰を痛めたのは、こうした無理がたたったせいかもしれないのに、会社側は当初、労災を認めようとしなかった。

国や経済界は非正規労働の増加を「働き方の多様化」だという。しかし、そこまでして非正規労働を増やしたいなら、タイゾウさんが出合ったような社会保険料の負担を逃れたり、労災隠しをしたりするような企業は野放しにするべきではない。そもそも、掛け持ちしなければ生活できないような働き方が「多様化」と言えるのか。

次ページ彼は自身を「見栄っ張り」と分析するが…
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