きっぷの技で新分野へ、老舗印刷会社の挑戦 ネット時代に活きた伝統の乗車券印刷技術

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さらに、同社は企画・デザインから印刷までワンストップで行える体制を整えている点も大きなアドバンテージとなった。硬券時代から培ってきた伝統の技術と、近年力を入れてきたデザインの力が、新たな事業を切り拓くことにつながったのだ。「90年以上培ってきた乗車券印刷技術の流れでスムーズに入ることができた」と山口さんはいう。

このノウハウを活かし、インセンクス事業部はさらに新たなビジネスにも乗り出している。ウェブ上での簡単な操作で、顔写真が入ったIDカードやチケットなどの印刷物を発注できる「ウェブtoプリント」のシステムだ。

画像データと個別の情報を正確に組み合わせ、さらにこれらの券面を1枚のシートに複数印刷した上で断裁するという工程は極めて複雑だが、これも乗車券印刷のノウハウを持つ同社にとっては得意分野といえる。誉夫さんの甥で、インセンクス事業部で新規事業立ち上げを担当する山口真司さんは「印刷業界は言われたことをやる『受注産業』という形になりがち。自分たちから仕掛けられる環境をつくりたい」と話す。

「自分たちから仕掛ける環境を」

松本零士さんの直筆文字を使った西武鉄道の記念乗車券(撮影:尾形文繁)©Leiji Matsumoto, SEIBU Railway Co.,LTD.

自分たちから仕掛けるという点では、記念乗車券についても同社から鉄道各社に企画提案を行なっているという。「記念乗車券やグッズ販売は(鉄道各社が)ファンを増やしたいというマーケティング的な要素が強い。長い間お付き合いさせて頂いている経験を活かして、たとえばイベントなどマーケティングのソリューションについても提案できればと思っています」と真司さんは語る。

「乗車券印刷という長い歴史の中でやってきた部分と、新たに取り組むべきソリューションビジネスを組み合わせたビジネススタイルを確立すべく歩んできた」と誉夫さん。鉄道営業の根幹を支える乗車券の印刷を軸として業務を多方面へと発展させてきた同社の足跡は、紙からICカードへと、この数十年間にめまぐるしい変化を遂げた「きっぷ」の変遷、そして鉄道業界の変化の歩みをも映し出しているといえそうだ。

小佐野 景寿 東洋経済 記者

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おさの かげとし / Kagetoshi Osano

1978年生まれ。地方紙記者を経て2013年に独立。「小佐野カゲトシ」のペンネームで国内の鉄道計画や海外の鉄道事情をテーマに取材・執筆。2015年11月から東洋経済新報社記者。

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