「7人の侍」が実現した、ジャーナリズムの夢 編集部なし、オンラインと専門化で生き残り

拡大
縮小

記事の流通を、よその報道機関が肩代わりするため、経営規模は極めて小さい。現在は5つの財団と読者の寄付で得た年間5万5000ドルの予算で運営。8割は、スタッフの人件費で、残りの2割が、出張費、通信費、サーバー代などへの支出だ。

ピュリッツァー賞受賞後、読者からの寄付金が増加した。1人平均50ドルも寄付するというから、気候変動問題への関心の高まりを物語る。

「現在、財団に頼っているが、将来は財団からの寄付を3割、読者から3割、企業から3割といった構成にしたい。非営利なので、出資者に還元はせず、100%ジャーナリズムに振り向ける。それが実現すれば、私たちは報道機関として、将来の展望があるジャーナリズムのモデルとなるだろう」(サスーン)。

サスーンは、ICNのようにオンラインだけで展開するメディアが、有利な時代だと言い切る。

「米国では、すべてのニュースがオンラインに向かい、ほとんどのニュースは、モバイルかウェブで消費されるようになる。紙の新聞は消滅するだろう。私たちのような小さな組織は、紙面を持たないからこそ、それが負担にならず、逆に強みになっている。だから、ニュースがオンラインに流れる時代の片棒をかついでいることになる」

受賞を知り、電話口で涙

最後に、ピュリッツァー賞受賞は、どう受け止めたのか。

「ディルビットの記事を企画したワシントンに住む編集者のスーザン・ホワイトからの電話で受賞を知った。彼女はもっと大きな報道機関で過去に2回、ピュリッツァー賞受賞記事の編集にかかわったが、電話口で涙していた。そのとき、私たちは(ジャーナリズムについて)これまで夢見ることしかできなかったことを、実現に結び付けたのだと、すぐに理解した。妻と娘に電話して、ピュリッツァー賞という言葉を自分で言ったときに、涙が込み上げてきた」(サスーン)。

石油パイプライン問題に対するICNの挑戦は今も続いている。今年4月、アーカンソー州でエネルギー大手エクソンモービルのパイプラインからディルビットが漏洩し、22世帯が避難を強いられた。現場に飛んだリサ・ソングは、連邦当局者を取材する目的で、警備員に通されたパイプラインの施設内で、エクソンの社員らから「施設から離れないと逮捕する」と脅された。「ショックだった」とソング。

ソングの報告を受けたサスーンらは、まず、ソングが法的根拠もなく、エクソンに脅されたという記事をアップした。それは、直ちに通信社経由で全米に知れわたった。

「判断は正解だった。マスメディアの注意を引いて、皆が味方についてくれた。私たちが成すべき仕事をすれば、法律が私たちを守ってくれる」(サスーン)。

ICNの取材を終えて、「7人の侍」という言葉が思い浮かんだ。大組織によらず、独立を貫き、小柄ながらも、ピュリッツァー賞というジャーナリズムの夢を手にしたからだ。(敬称略)

津山 恵子 ジャーナリスト

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

つやま けいこ / Keiko Tsuyma

東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、『AERA』に執筆した。米国の経済、政治について『AERA』ほか、「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」「HEAPS」に執筆。著書に『モバイルシフト 「スマホ×ソーシャル」ビジネス新戦略』(アスキーメディアワークス)など。X(旧ツイッター)はこちら

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT