「7人の侍」が実現した、ジャーナリズムの夢 編集部なし、オンラインと専門化で生き残り

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記事の冒頭は、まるでオカルト映画のようだ。

2010年7月の早朝、ミシガン州マーシャルにあるジョン・ラフォルジュの自宅は、異様な物体に取り囲まれた。黒くドロドロした帯状のものが、彼の庭の芝生を浸食し、鼻を突くにおいで、のどがひりひりしてくるほどだ。ドロドロは、飲料水の井戸にじりじりと近付いていた。突然、白い車が家の前に駐車し、2人の男性がラフォルジュの家に空気モニターを持って飛び込み、こう言った。

「ここの空気は安全じゃありません。今すぐ避難してください」

彼は赤ん坊のおもちゃや、2人の子供の着替えも持たず、家に鍵をかける暇もなく、妻とともにホテルに避難させられた。

この得体の知れない黒いドロドロが、エネルギー業界でDilbit(ディルビット)と呼ばれる、品質が極めて悪い石油だ。この日、カナダのオイルサンドから米国の精製工場にパイプラインで運ばれるディルビットがマーシャルで漏れ出し、ラフォルジュ一家を含め150世帯が2度と自宅に住めなくなった。流出量は、100万ガロン(約380万リットル)に上った。

大手メディアはどこも報道せず

一方、カナダ最大の石油輸送会社エンブリッジのパイプライン管理室では、漏洩検知のアラームが何度も鳴り響いた。しかし、職員らはいつものパイプの「詰まり」だと判断し、勤務シフトが2回替わっても、あろうことかパイプラインに圧力を加え続けた。

同じ頃、マーシャルの衛生当局職員は、漏洩の現場に到着して、愕然とする。石油というから液体が広がっているのかと思いきや、見たこともない、ピーナッツバターほどの粘度がある黒いものが、川や住宅にあふれていたからだ。しかも、汚染された川は102種の魚類と218種の鳥類を養う、本流につながっている。

ディルビットにはさまざまな化学薬品が加わり、身体や飲料水にどれほど悪影響なのか不明なまま起きた漏洩事故。ところが、亀裂ができる原因となるパイプラインのさびを、エンブリッジの米国法人が放置し、当局も取り締まる制度さえなかった。記事は、恐怖心をあおる、未知の事実を次々に暴き出す。

目が離せないサスペンスドラマのような展開だが、実は当時、現場に記者がいたわけではない。1年後、現地に行ったICN記者が、まだ川底に沈んだディルビットをかき出している作業を見て驚き、サスーンらに報告した。

「この記事が困難だったのは、こんな大変な漏洩事故なのに、大手メディアも私たちも、当時どこも報道しなかった。しかし、漏洩事故発生から1年後に記者が現場に行って、いまだに事態が深刻なのを見て、これをあらためて報道しようということになった」(サスーン)。

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