「中間層の没落」とともに国家は衰退に向かう トランプは「歴史の教訓」に逆らっている

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鋳造貨幣が発明されて間もない紀元前650年頃、ポリス間における戦争の手法に重大な変化が起こることになります。武装した歩兵(重装歩兵)の密集軍団による新しい戦法、すなわち密集隊形(ファランクス)戦法が発明されたのです。それは、青銅製の兜(よろい)、鎧(かぶと)、すね当てを身に着け、青銅製の盾と鉄製の槍(やり)を持った重装歩兵が横一列に並んで突撃するというものでした。数千の重装歩兵が一団となって一斉攻撃を加えれば、たとえ貴族による屈強な騎兵隊であったとしても、あっという間に蹴散らされてしまったのです。

それまでの戦争の主力は騎馬を利用する貴族でしたが、重装歩兵による戦法が圧倒的に有利であると知れ渡るようになると、ギリシャの各ポリスは市民からの徴兵を行い、できるだけ大規模な重装歩兵部隊をつくって訓練しなければなりませんでした。そのような環境下で、自費で武具を買いそろえて兵隊として活躍できる資質を持っていたのは、遠隔地との貿易で富裕になった農民、すなわち中小農民と呼ばれる人々だったのです。

彼らこそ、現代でいうところの「中間層」に位置する人々でした。彼らはギリシャの外から金銭を稼いでポリスへ税金を支払っていたうえに、それまで騎馬で戦っていた貴族に代わり、市民としてポリスの軍隊の主力となっていったからです。富裕な中小農民がポリスの財政・経済・軍事の中心となって、ポリス社会の隆盛を支えていたというわけです。

戦闘における連帯感が民主制を生んだ

興味深いことには、新しい戦法の発明は、各ポリスのギリシャ人に強い連帯意識を芽生えさせるというメリットまでもたらすようになりました。なぜなら、重装歩兵が密集して戦うための技術を身に付けるには、集団が連帯感を持って長い時間の訓練をしなければならなかったからです。

ギリシャの各ポリスが戦争で強かったのは、また、文明的にも経済的にも栄えたのは、そのような強い連帯感を基礎として、各々が自分たちのポリスに奉仕するという気持ちにあふれていたからです。それは、国家としても、社会としても、そこに住む人々の気持ちが一体感を保っていたということを意味しています。

高校の世界史の教科書などでは、市民(農民)が戦争で重要な役割を果たし政治的発言力が高まったため、歴史上で初めて、民主政という考え方が誕生することとなったと述べられていますが、私は民主政が誕生したもうひとつの大きな理由は、ポリスでの市民の連帯感にあったのではないかと考えています。古代アテネの政治家ペリクレスが当時の民主政について語った有名な演説がありますので、その一節をご紹介しましょう。

「私は敢ていうが、ポリス全体が安泰でさえあれば、個人にも益するところがあり、その益は、全体を犠牲にして得られる個人の幸福よりも大である。なぜならば、己れ一人盛運を誇っても己れの祖国が潰えれば、個人の仕合せも共に失せる」

「われらの政体は他国の制度を追従するものではない。ひとの理想を追うのではなく、ひとをしてわが範を習わしめるものである。その名は、少数者の独占を排し多数者の公平を守ることを旨として、民主政治と呼ばれる」(トゥーキュディデース、久保正彰訳『戦史』岩波文庫より)

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