憲法を「正しく」変えるための世界史入門 もしくは、なぜ自民党の改憲草案は「十七条憲法」になるのか

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日本の憲法観にも残る、儒教文化圏の教諭支配

どうして、そういうことになるのだろうか。江戸時代史の泰斗が独自の視点で古代から維新期までの歩みを振り返った、深谷克己『東アジア法文明圏の中の日本史』は、まさにこの眼前の問題を扱った著作としても、読むことができる。

深谷氏によれば、近代立憲主義を産み落とした西洋法文明圏と対照される、中国およびその周辺諸国からなる東アジア法文明圏の特徴は「民本主義・教諭主義の君主制支配」にある。

平たく言えば、国家は民衆に安寧な生活を約束しはするが、その手法としては民衆の権利を法によって君主の恣意から保護するというより、むしろ君主の側が民衆をあるべき姿に導くよう教え諭すという政治文化だ。戦前、明治天皇が自らその規範を守ることを誓いつつも、国民全員に道徳的存在たることを要請した「教育勅語」を連想してもらうと、わかりやすいかもしれない。

このような体制の典型は、伝統中国で成立した儒教王権だったが、豊臣秀吉の朝鮮出兵はその地位を簒奪しようとする「中華皇帝化」の試みだった。実際、複数ある『太閤記』には金沢藩の儒者・小瀬甫庵のバージョンのように、国主に儒教的な統治術を説くためのものも存在する。

一方、戦国時代になされた最初の西洋法文明との接触は、結局キリシタン禁制に帰結した。江戸時代の法令の多くが身分や地域(藩)ごとのものだったの に対し、徳川秀忠の禁教令だけは天皇・将軍も含めて全国民を対象に、神道のみならず儒教・仏教の論理も動員した、東アジア法文明をあげての反撃だった。

どこか現在の改憲論の一部に見られる、「合理的な統治機構の設計」よりも「欧米に起源をもつ要素の払拭」を追い求めるパトスをも思わせる。

武家諸法度の「理を以て法を破らざれ」の一節が示すように、徳川日本では普遍的な「理」よりも、公儀の定める「法」を優先することが説かれた。それ 自体は、理を掲げて法に背く下剋上や自力救済が横行した、中世の騒乱状況を鎮めるために不可避のプロセスだったが、もし「理を欠いた法」が定められた場合はどうなるのかという不安は、今日のわれわれが共有するものでもあろう。

 

2013年7月の参院選開票センターにて、当選者名に花をつける安倍首相ら。ねじれを解消した自民党政権の下、憲法改正はどうなるのか(撮影:今井康一)
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