WBC日米戦、「世紀の大誤審」の審判よさらば 引退のボブ・デービッドソンに表する「敬意」

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米国が今回、第4回大会にして初めて本気になったという報道もあるが、第1回も豪華な顔ぶれがそろっていた。

Aロッド(アレックス・ロドリゲスの愛称)だけじゃない。ロジャー・クレメンス(アストロズ)、ヒューストン・ストリート(アスレチックス)、デレク・ジーター(ヤンキース)、ケン・グリフィー・ジュニア(レッズ)、チッパー・ジョーンズ(ブレーブス)、デレク・リー(カブス)……。

不可解な判定でドリームチームを仕留め損ねた王ジャパン。続くメキシコ戦は6-1で勝ったが、韓国には1-2で敗れる。1勝2敗。準決勝進出は絶望的と思われた。

残るは1勝1敗の米国と2敗のメキシコの一戦。米国が勝てば、日本は黙って帰りの飛行機に乗らなければならない。メキシコが勝って1勝2敗で3チームが並んだら、当該対戦の失点率(1イニングあたりの失点数)の勝負になる。日本が生き残る条件は「米国が2失点以上で負けること。ただし9回2死から2失点でサヨナラ負けの場合は除く」という極めて厳しいものだった。

またもやってくれた「ボブ」

日本がわずかな可能性にすがった試合でもボブはやってくれた。2回、米国の攻撃。無死一塁から左飛で1塁走者のAロッドが飛び出した。遊撃手を経由した1塁返球はAロッドの帰塁より早く見えたが、1塁塁審を務めたボブの判定は「セーフ」。さらに3回だ。今度はメキシコの攻撃。マリオ・バレンズエラの右翼ポールに当たってグラウンドにはね返ってきた打球を「フェンス直撃」とした。明らかな本塁打が2塁打である。

延長13回以上0点に抑えて勝たないと失点率で日本を上回れないメキシコだったが、たび重なる米国寄りの判定に奮起。意地を見せた。先発のクレメンスから2点を奪い、8投手による継投で強力打線を1点に抑えた。2-1。米国の準決勝進出を阻んだのだ。

1勝2敗で並んだ3チームの当該対戦の失点率は日本0.28、米国0.29、メキシコ0.39。メキシコ戦の米国がもし後攻で9回を無失点に抑えていたら、1-2で負けても失点率が0.278となり、日本の0.283を上回っていた。

まさに皮一枚の奇跡。野球の神様が見てくれていたのである。私はプエルトリコからアトランタ経由で決勝ラウンドが行われるサンディエゴへ移動。準決勝前日会見に顔を出した。私を見つけて「いいところに来るなあ」と声を掛けてくれた王監督は、サンフアンのテレビで見た鬼の形相とは打って変わって柔和な表情だった。

九死に一生を得た日本は準決勝で韓国を6-0で破り、決勝ではキューバを10-6で撃破。初代王者に輝いた。ボブは準決勝が2塁塁審、決勝は1塁塁審。その存在は不気味だったが、おかしな判定はなかった。

ただの自国びいきかというと、そうでもない。米国でのニックネームは「ボーキング・ボブ」。やたらボークを宣告するので有名なのだ。2011年、スポーツ・イラストレーテッド誌が実施したワースト審判の選手投票では4位にランクされた。

MLBの審判に定年はない。選手からの評判は芳しくなかったが、64歳まで現役を続けられたのはMLBから一定の評価を得ていたからだろう。

硬骨漢でもあったらしい。1999年、労使交渉をめぐって審判団が大量に辞表を提出。MLB側の切り崩しにあって寝返る審判が続出するなか、ボブは最後まで抵抗して職を失うことになる。2003年にマイナーリーグからプロの世界に復帰。第1回WBCはマイナーの審判として出場し、翌2007年からMLB審判として完全復帰するのである。

王ジャパンが初代王者になったからこそ書ける。第1回大会は"世紀の大誤審"のおかげで大いに盛り上がった。怒りから絶望、そして歓喜……。良くも悪くもボブが最高のドラマを演出してくれたのである。そのキャリアに敬意を表しつつ、侍ジャパンの健闘を祈りたい。

永瀬 郷太郎 スポーツニッポン新聞社特別編集委員

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ながせ ごうたろう

1955年、岡山市生まれ。早稲田大学卒。1980年、スポーツニッポン新聞東京本社入社。1982年からプロ野球担当になり、巨人、西武の番記者を歴任。2001年から編集委員。2005年に「ドキュメント パ・リーグ発」、2006年は「ボールパークを行く」などの連載記事を手掛ける。共著に『たかが江川されど江川』(新潮社)がある。野球殿堂競技者表彰委員会代表幹事。
 

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