「花粉症対策スギ」の普及が進まない根本理由 すべて植え替えるには700年掛かる!

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花粉をなくすいちばん手っ取り早い方法は、スギの木を片っ端から伐ってしまうこと。しかし、単に伐り倒せばすむ問題ではない。水源涵養作用のある木を伐採すれば、やがて山は荒れ果て、地すべりや土石流の原因になりかねない。そもそも伐採するだけでは、その費用回収ができないという問題もある。

それを回避するためには、建設資材などとして売却しつつ、植え替えを進めるしかない。すでに林野庁は1996年に開発された、花粉が少ない苗木の移植を進めている。

ただ、それも足元の対策としては“焼け石に水”だ。林野庁によると、2015年度に植えられたスギの苗木は約1984万本(暫定値)、面積にして約6600ヘクタールだった。うち花粉が少ない対策苗木は426万本、面積に換算しても1420ヘクタール、2割に過ぎない。

「そもそも日本全体で苗木が不足している」。日本で有数の山持ちでもある住友林業の担当者は嘆息する。別子銅山をルーツに持つ住友林業は、保林・植林事業にも熱心に取り組んでいることで知られる。近年は「環境制御型苗木生産施設」(通称・コンテナ)を活用し、通年で、しかも低コストでの苗木生産、出荷を可能とした。露地育苗の時代と比べると、実に約3倍の生産効率が実現出来たという。国から配られた花粉が少ない対策苗木も育苗し、自社保有林だけではなく全国に供給しているが、その量は「1割なんてとんでもない。ほんの数%」というくらい少ないというのだ。

林野庁は2017年度には花粉症対策苗木を1000万本まで増やす方針だが、たった2年で本当にそこまで増やせるのか。さらに2012年時点のスギ林が448万ヘクタールもあることを考えると、年間1000万本超を植えることができたとしても、すべて植え替えるには700年近くの時間が必要となる。しかも国産材は輸入木材に比べると割高になるため、需要が伸びにくいという面もある。

しかし、あきらめるのはまだ早い。ここにきて、スギ花粉対策の画期的な手法も浮上してきた。

スギ花粉対策の画期的な手法とは?

日本在来種で、アレルギーの元となるスギの“雄花の花粉だけ”を餌に繁殖する珍しいカビがいるというのだ。このカビを混ぜた液体をスギの成木にまくことで、花粉そのものを出さない実験が進んでいるのだ。これが実用化されれば、いまも盛んに花粉を飛ばしている成木に対しても効果を発揮することになる。

当記事は、週刊東洋経済2月25日号『花粉症・アレルギーに克つ』の掲載記事に加筆をしたものです。同特集では治療の最前線を徹底特集しています。

問題は1点だけ。これも時間がかかる、ということだ。このカビは菌としては強くないため、安全性を確保しつつ、効果が出るように品種改良を施す必要がある。2017年度に林野庁が研究予算をようやく獲得、今後、5年間をかけて実用化へ向けて動き出す。さらに実用化のメドが立ったとしても、そこからさらに農薬登録のための検証が必要となり、世の中に出回るには少なくとも10年は確実にかかるというのだ。

スギは木目が真っすぐで、柔らかく加工もしやすい、利用価値の高い木材だ。調湿性や断熱性にも優れており、日本の家屋に適している。それだけに花粉は玉に瑕。花粉の飛ばないスギの普及が望まれるところだが、花粉撲滅への道は険しく、長い。

筑紫 祐二 東洋経済 記者

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ちくし ゆうじ / Yuji Chikushi

住宅建設、セメント、ノンバンクなどを担当。「そのハラル大丈夫?」(週刊東洋経済eビジネス新書No.92)を執筆。

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