活気づくiPS細胞研究

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 具体的にどのような技術や知見がiPS細胞樹立以降、進展したであろうか。

●iPS細胞は皮膚以外の細胞からも作成可能であり、その性質も異なる

 神経幹細胞、上皮細胞などからのiPS細胞の樹立が報告された。おそらく血液細胞からの樹立も近々報告されるであろう。iPS細胞の利点のひとつは、皮膚という生体を傷める可能性が少なく採取できる細胞から樹立した点にあるが、後述のように他の組織や細胞を出発点にすることにより性格の異なるiPS細胞を樹立できる可能性がある。たとえば、神経幹細胞から樹立したiPS細胞は神経系へ分化しやすいということがあるかもしれない。同様に、血液からつくると血液幹細胞になりやすいかもしれない。血液の場合は皮膚同様に生体への影響が少なく取得できる組織であるので、iPS細胞樹立の細胞源として有用なソースとなるであろう。

 iPS細胞は、4つの遺伝子を導入することによってES細胞と同様の細胞を樹立することに成功したものであるが、そもそも山中教授の作成したiPS細胞も、その作り方の最終段階の違いにより、第一世代、第二世代とよばれる異なる細胞株がある。第二世代のiPS細胞のみがキメラマウスを作成できることがわかっていたが、その後の様々な研究者による詳細な解析により、性質が若干性格が異なることがわかってきた。臨床応用を考える上では都合の良いことに、第二世代のiPS細胞はよりがんになりにくい性質をもつと報告されている。したがって、iPS細胞の弱点のひとつといわれているがん化については当初考えられていたほど問題にはならない可能性も議論されているようである。

●iPS細胞バンクの設立

 iPS細胞は個々人からつくられることが最大の利点であるとされた。しかし細胞の樹立には時間がかかるため、移植の必要性ができてから樹立するのでは遅すぎる可能性が指摘されている。このため、骨髄移植と同様に日本人の移植抗原にあった何種類かの細胞をあらかじめ用意しておいて、それを使って移植するという考えも発表されている。実際何種類の細胞を作れば何%の日本人に移植可能かという試算も行なわれている。
 また一方で、時間的問題を解決するために、iPS細胞を樹立する際の培養液などに何らかの増殖因子などを加えることで、より迅速に効率良くiPS細胞を樹立する工夫を見いだせる、という考えもあり、この分野も激しい競争になっている。

●iPS細胞研究を行なう研究所、研究費などの創設

 京都大学にiPS研究を目的とした研究所が創設され、また、iPS細胞研究に特化した複数の国の大型の競争的研究費が今年度予算としてスタートした。さらには、iPS細胞研究を行なう4つの拠点が文部科学省再生医療の実現化プロジェクトとして選定され、そのひとつである東京大学の研究グループとして我々も研究を開始した。
 このように異例ともいえる迅速なスピードで、iPS研究を国の政策として奨励する取り組みがこの数ヶ月の間に実現してきた。臨床応用についても、指針が策定されようとしている。
 マウスiPS細胞ではiPS細胞が個体にまでなることが示され、ヒトES細胞と同様にヒトiPS細胞もクローン人間作成が技術的に可能であると考えられている。
 また、再生医療関連の事業として臍帯血、乳歯などの組織の私設バンクがある。iPS細胞についても今後同様の私設バンクの設立の動きがあっても不思議ではない。特許によりある程度の制限がかかるであろうが、iPS細胞を用いたビジネスの指針や枠組み作りもなくてはいけないであろう。

 このように、現実的な再生医療のソースとしてのiPS細胞の研究成果がおどろくべき勢いで報告され続けている。世界レベルでの研究支援体制も整いはじめた。我々が当初予測したよりも速いスピードで現実の医療への適用が可能になるのではないかと考えられるようになってきている。

[参考]
世間を賑わす「iPS細胞」とは何だろうか
再生医療入門

渡辺すみ子(わたなべ・すみこ)
慶応義塾大学出身。
東京大学医学系研究科で修士、続いて東大医科学研究所新井賢一教授の下で学位取得(1995年)後、新井研究室、米国Palo AltoのDNAX研究所を拠点に血液細胞の増殖分化のシグナル伝達研究に従事。
2000年より神戸再生発生センターとの共同研究プロジェクトを医科学研究所内に立ち上げ網膜発生再生研究をスタート。2001年より新井賢一研究室助教授、2005年より現在の再生基礎医科学寄付研究部門を開始、教授。
本寄付研究部門は医療・研究関連機器メーカーであるトミー、オリエンタル技研に加え、ソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)が出資。
東大医科研新井賢一前所長(東大名誉教授)、各国研究者と共にアジア・オセアニア地区の分子生物学ネットワークの活動をEMBO(欧州分子生物学機構)の支援をうけて推進。特にアジア地域でのシンポジウムの開催を担当。本年度はカトマンズ(ネパール)で開催の予定。
渡辺すみ子研究室のサイトはこちら
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