史上初!「親子4人」騎手が実現、家族が見る夢 震災を乗り越えた福島出身・木幡騎手の一家

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初広さんは当時競馬学校入学前の初也さんとともに、マイクロバスで両親や姉夫婦らを十数時間かけて運転して迎えに行き、茨城県美浦村の自宅に呼び寄せた。すでに体調を崩していた初身さんは、2011年4月に競馬学校へと旅立つ初也さんを涙ながらに見送った。孫の初也さんが騎手になるのを誰よりも楽しみにしていた。しかし、その姿を見ることはなかった。

同年7月23日に初身さんは70歳で亡くなった。23日は土曜日。新潟競馬場で騎乗することが決まっていた初広さんは騎乗前日から調整ルーム(レースの公正を期するなどの目的で入る部屋。外部との接触が制限される)に入ることが義務づけられている。初身さんの最期を看取ることはできなかった。

翌24日。新潟のメイン11R柳都Sで初広さんは15頭中最低人気のメイショウエンジンに騎乗。馬群の中団を追走すると4コーナーで外から進出し、直線でグングン伸びると最後は3頭のたたき合いで競り勝った。ゴール前でグイと前に出たとき、初広さんは「オヤジが背中を押してくれたと思った。勝って泣いたのはあのときが最初で最後だよ」と振り返る。

3兄弟がテレビ越しに追いかけた父の背中

福島競馬場は震災で被災し、スタンドが損壊。放射線量も高かったため除染のためにコースの芝も張り替えた。2012年4月に開催を再開。セレモニーで初広さんは騎手を代表してマイクを握り「1日でも早く元の生活を取り戻せるように願います」とあいさつした。実家が被災した初広さんの言葉はファンの胸を熱くした。実家の被災も父の死も乗り越えてきた。

親子4人が集まった今年の正月。今年のレースに向けて気持ちを新たにした(写真:木幡初広提供)

初也さんも、巧也さんも、育也さんも、父の背中を見て育った。今年が結婚23年目。初広さんの妻愛さん(48)は3人を真っすぐに育てた。前述どおり、騎手は騎乗する前日から調整ルームに入らなければならない。公正競馬を守るために外部に情報を漏らさないためだ。夏の札幌競馬や函館競馬に騎乗するときは競馬場に滞在して平日の朝の調教にも騎乗する。

騎手の家庭は父が留守がちになる。愛さんは子供たちのために頑張る父の姿を見せるために、週末は家族4人でレースをテレビ観戦した。「パパ、かっこいいでしょ?」。子供たちは父の背中を追い続けた。子供たちが乗馬を始めてからは、父と息子3人がそろってレースのリプレーを見るようになった。

「男ばかりで仲良く競馬を見ているので、私は仲間はずれでした」と愛さんは笑う。母は温かく見守っていた。「子供たちに騎手になれとは一度も言ったことがない」と初広さんと愛さんは口をそろえる。それでも3人の息子は父と同じ道を志して騎手になった。3人とも体重は47キログラム、身長は最も高い巧也さんで、初広さんと同じ160センチメートルと、小柄で軽いほうが向いている騎手のDNAを受け継いでいる。

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