歩道の役割は「大量の人を運ぶ」以外にもある ドイツの「歩行者ゾーン」が活気に満ちる理由

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だが、ショッピングモールを「歩けるまち」と言い切ってしまうことに違和感を持つ読者諸氏も少なくないのではと想像する。ショッピングモールは消費が主目的で、空間をつかさどっている事業者は、この空間にやってくる人たちを「消費者」としてとらえているからだ。

そう。歩ける街には消費空間としての機能や役割以外もかなりあるのだ。その代表格が社会運動や政治だろう。

日本と大違い! 広場で住民と立ち話する選挙活動

エアランゲン市の場合も、選挙運動中には中心市街地の広場などに各政党のパラソルや簡易テントが出される。

まるで「政党見本市」のごときドイツの選挙活動(撮影:筆者)

そこには、政策などについて説明されたペーパー類も用意してある。候補者や党員たちは、人々にキャンペーングッズを手渡し、そのうち対面での議論――いや、立ち話、井戸端会議のようにも見えるが――など、自然発生的にコミュニケーションが始まる。「政党見本市」と考えていただければ、想像もしやすいだろうか。

いずれにせよ、選挙カーや拡声器で一方的に騒音をまき散らす日本の選挙活動とはずいぶん異なる。私は、朝の通勤時間帯に拡声器を持ちながら人々に政策を訴える人々を気の毒にすら思う。なにしろ、この時間帯の人々は目的地へ効率的に向かおうとする「移動者」なのだから、いくら大音量で訴えても、彼らにとっては雑音でしかないのだ。

ドイツの歩行者ゾーンでは、デモや行進、集会などもよく行われる。こういう社会運動は、自治体のイニシアティブプログラムであるケースや、市民グループのアクティビティである場合などさまざま。テーマも、人間の尊厳、宗教への寛容といった抽象的なものから、世界の問題に対して、何らかの意思を表明するような内容のものもある。

若者による人種主義に反対デモ。価値や感情の表明・共有を行う空間になっている(撮影:筆者)

こうした歩行者ゾーンは、「ヒューマンサイズ」の空間でもある。同じデモや集会をやるにしても、高いビルが並び、自動車が走る大通りを、警察に先導されながらのものよりも、ずいぶん身近なものに感じる。その場にたまたま居合わせた人にとっても、距離が近い。意見・価値・感情といったものを意識しやすい一種のメディアになっているわけだ。

こうしたとき、人々は、「消費者」「移動者」のほかに、「政治的存在」「価値の確認・感情表明を社会的に行う存在」になっているのがわかる。

ひるがえって日本の「歩けるまち」の議論を見てみると、人々を「消費者」ととらえるだけでは不十分で、「にぎわい」「ふれあい」「健康」「楽しみ」といった価値を付していこうという意識があることがわかる。加えて、「政治的存在としての人」が集まる公共空間ということも考慮してみてはどうだろうか。

『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか』(学芸出版社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

昨今、デモや集会なども日常と少しつながってきたように見えるが、それでも身近とは言いがたい。日本は「まちづくり」という言葉を通して、コミュニティを「草の根型デモクラシー」でつくろうという方針を獲得したという側面がある(「ドイツには『まちづくり』という言葉などない」参照)。この「まちづくり」の枠組みで、歩行者ゾーンを対話やアクションの場として使うことを想定すればよいのではないかと思う。拡声器を使わない政治的議論の公共空間だ。

それからもう1点、私は日本の歩行者ゾーンを見ていて、別の角度から気になることがある。ある地方都市で、歩行者スペースを拡大したという現場を訪ねたことがある。おそらく、多くの議論や妥協があって実現したのだろうが、ここからは「大量の歩行者をさばく」というロジスティックスのような発想しか見えてこなかった。人を流すのではなく、「細長い公園」をつくるような発想こそが、「人が歩けるまち」の議論には必要なのではないか。

高松 平藏 ドイツ在住ジャーナリスト

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たかまつ へいぞう / Heizou Takamatsu

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)在住のジャーナリスト。同市および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンをさぐるような視点で執筆している。著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(2016年)『ドイツの地方都市はなぜ元気なのか―小さな街の輝くクオリティ』(2008年ともに学芸出版社)、『エコライフ―ドイツと日本どう違う』(2003年化学同人)がある。また大阪に拠点を置くNPO「recip(レシップ/地域文化に関する情報とプロジェクト)」の運営にも関わっているほか、日本の大学や自治体などで講演活動も行っている。

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